(ブルームバーグ):パディントンのぬいぐるみを抱えた64歳の日本人男性がビールを一気にあおり、「That’s boss, that! (これ最高!)」と叫ぶ。これが2026年の日本外交だ。
駐英大使の鈴木浩氏は、すしや相撲といった在外公館が通常発信する日本文化の定番ではなく、英国への愛情を前面に出すことでオンライン上で人々の心をつかんでいる。
ソーシャルメディアでは、パディントンと共に英国の伝統的なビール「リアルエール」など地元の名物を次々と味わう。
24年に着任した鈴木氏は、昨年初めから注目を集めるようになった。新年を祝いビールを飲み干す姿や、西部ウェールズ地方の首都カーディフを訪問して伝統菓子を楽しみ、ウェールズ国歌を歌う動画が拡散。
最近ではスコットランドやバーミンガムを訪れ、BBCのテレビシリーズで有名になった戦間期の凶暴な犯罪組織を描く作品「ピーキー・ブラインダーズ」にちなんだスーツとフラットキャップ姿を披露し、さらに人気を高めた。
特に反響が大きい投稿には英国独特の決まり文句が頻繁に登場する。大量のエールを飲んだ後に「By’eck, it’s gorgeous!(なんてこった、すごい!)」と叫び、リバプール名物を平らげて「That’s boss scran!(激ウマ!)」と評する。
炭酸フルーツ飲料ビムトやスコットランド独特の飲料アイアンブルーといった地域色の強い飲料から、伝統料理のハギスやチキンティッカマサラまで、英国的なものへの熱意に限界はない。「親愛なる日本へ、どうか彼をこのまま帰さないでくれませんか」と投稿したフォロワーもおり、多くの人の気持ちを代弁した。
故安倍晋三元首相の秘書官を務めた経歴を持つ鈴木氏は、X(旧ツイッター)で約20万人のフォロワーを抱える。その影響力はオンラインにとどまらない。昨年の労働党大会では、政治家ら参加者がセルフィーを求めて鈴木氏の前に並んだ。友人をつくり人心を掌握する正しい方法を示していると言える。世界の外交官が学ぶべき教訓だ。
冷笑の時代にあって、鈴木氏は混じり気のない健全さを体現する。英紙に「大使の中のパディントンベア」と名付けられると、その呼称を受け入れ、パディントンのぬいぐるみを自身のマスコットにした。今では出張に必ず同行させ、夫人の着物の帯にもパディントンがあしらわれている。
さらに、インターネットが人工知能(AI)による粗製乱造の投稿に席巻されつつある中で、鈴木氏は本物らしさという重要な要素を提供する。クランペットを食べる時も、ウィンブルドンを訪れる時も、人生最高の時間を過ごしているかのように見える。
ビートルズやローリング・ストーンズ、ヴィヴィアン・ウエストウッドのパンクファッションなど、英国が最先端文化の発信地だった時代に育った鈴木氏のような世代にとって、英国への愛着はむしろ一般的だ。
英国がある種のアイデンティティー危機に直面する中、長い歴史を持つ英国の活動や価値観と自らを重ねることは意味を持つ。
英紙テレグラフは「日本大使が私たちを英国人であることに誇りを感じさせた48の瞬間」との見出しで鈴木氏を評価した。多くの英国人が鈴木氏のソーシャルメディアでの振る舞いを、自国の政治家のぎこちなさや説教調のオンライン発信と対比している。
いささか甘い考え方に思えるかもしれないが、この戦略は見た目以上に賢明だ。鈴木氏のイメージは、無味乾燥な欧州の外交官だけでなく、AI生成の気まずい投稿をしたり、外国政府に「その誤りを正す」と迫ったりしがちな中国の「戦狼外交官」とも対照的だ。不確実な同盟関係や変化する力学の中で、こうしたソフトな手法は実際の成果につながり得る。
もう一人の鈴木大使
こうした動きは鈴木氏だけではない。ジョージアのティムラズ・レジャバ駐日大使は、ソーシャルメディアで強力な存在感を放ち、「バズる大使」として知られる。
ジョージアの人口は400万人に満たない。それにもかかわらず、日本語を自在に操り、自身の声で直接発信することで、フォロワー数は鈴木氏のほぼ2倍に達する。1日に複数回投稿することもあるが、内容確認にAIは使わないという。
「ソーシャルメディアは無料なので、私たちのような小国にもまだチャンスがある」とレジャバ氏は語る。閣僚や官僚との接点を広げている同氏には、ロシアが一部を占領しているジョージアに関する誤情報を見つけると知らせてくれるオンライン上のファンも多いという。
Twitter: ティムラズ・レジャバ駐日ジョージア大使 on Twitter / X
広島で育ったレジャバ氏はジョージアワインやシュクメルリ(クリーミーなニンニクソースのチキン料理)を紹介することもあるが、重要なのは受け手との関係性だと強調する。「私の投稿の半分は日本に関するもので、ジョージアとは全く関係がない」と言う。
大切なのは、赴任先の日常文化を受け入れ、現地の言葉を使い、首都以外にも足を運び、形式張らないことだ。どこかの首脳会議に出席し、誰かに会う栄誉に浴したといった大使の投稿など、誰も必要としていない。
これは予算の限られた小国だけの話ではない。米国のエマニュエル前駐日大使は、強硬なイメージを脇に置き、日本の魅力を宣伝する投稿を展開した。鉄道や安全な街並みなどを取り上げた(エマニュエル氏は政治問題にも踏み込み、たびたび中国を挑発した。バイデン政権のホワイトハウスをいら立たせたとしても、日本人には好意的に受け止められた)。
ソフトパワーという「てこ」は多くの国が見落としがちだ。最近着任した駐フランス大使の鈴木秀生氏もその一人で、フランス語でシュガーワッフルを食べる投稿が200万回余り再生された。「彼は日本の駐仏大使なのか、それともフランスの駐仏大使なのかと疑問に思わざるを得ない」との投稿もあった。
外交官たちよ、ぬいぐるみを手にし、ビールを飲み交わし、そして地元の産品への熱意をまずは示そう。現代の外交はここから始まる。
(リーディー・ガロウド氏はブルームバーグ・オピニオンのコラムニストで、日本と韓国、北朝鮮を担当しています。以前は北アジアのブレーキングニュースチームを率い、東京支局の副支局長でした。このコラムの内容は個人の意見で、必ずしも編集部やブルームバーグ・エル・ピー、オーナーらの意見を反映するものではありません)
原題:Paddington, Pints and the Art of Modern Diplomacy: Gearoid Reidy(抜粋)
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