トランプ米大統領には、もはや交渉を続けるつもりはなかった。

中東海域に空母や駆逐艦を集結させ、イランに核・長距離ミサイル計画を放棄するよう迫ってきたトランプ政権。米軍の域内戦力配備は、イラクのサダム・フセイン政権を倒した2003年以来の規模に膨らんでいた。ジュネーブに派遣した米特使らはイラン側との協議を進めていたものの、情勢は軍事衝突へと傾いていた。

この原稿は、この1週間の出来事の経緯について事情を知る複数の米当局者や関係者への取材および説明に基づく。いずれも公になっていないとして、匿名を条件に語られた内容だ。

2月24日の一般教書演説でトランプ氏は、昨年6月の米国とイスラエルによる攻撃で壊滅的な被害を受けたにも関わらず、イランが「再び邪悪な野望」を抱き、核計画の再建を追求していると警告した。

「彼らは取引を望んでいるが、我々は決定的な言葉をまだ聞いていない。『決して核兵器を持たない』という言葉だ」とトランプ氏は述べた。

同日夜、ルビオ国務長官は議会の主要指導者らと会談し、協議の状況を説明した。

時間は限られていたが、水面下ではなお議論が続いていた。米国防情報局(DIA)の評価では、イランの核開発の進展は依然として制約を受けているとされたが、イスラエルの情報機関はより差し迫った脅威を描いていた。米当局者の一部は、トランプ氏の特使らに対し、イスラエル側の分析に過度に依拠しないよう非公式に警告していた。

ジュネーブでの協議は実らず

ジュネーブでは、トランプ氏の娘婿ジャレッド・クシュナー氏とウィトコフ特使がイラン側との協議にあたっていた。

しかし26日午後までに、ジュネーブでの協議は突破口を見いだせなかった。それでも、完全な決裂とは言い切れないわずかな余地は残っていたため、その日のうちに再び協議に戻ることで合意した。

イラン当局者は、その日の第2ラウンド協議に進展があったと認識していたという。しかし夜が更けるころ、クシュナー氏とウィトコフ氏は、あらゆる選択肢が尽きたと感じていた。彼らの見立てでは、イランの最高指導者ハメネイ師の世界観は、トランプ氏が描く中東ビジョンと共存する余地をほとんど残していなかった。

ジュネーブで16時間を過ごした後、米国側は自ら設定した期限を守り、ワシントンへ戻った。

翌週にさらなる協議を行う計画も発表されていたが、ジュネーブ協議の仲介役であるオマーンのアルブサイディ外相は強い危機感を抱いていた。

紛争は不可避だと確信したアルブサイディ氏は27日朝、ジュネーブからワシントンへ直行し、対外介入に懐疑的で、なお大統領に影響力を持つ可能性があるバンス副大統領との会談に向かった。

この動きは、トランプ政権内の強硬派顧問らを激怒させた。一部は、外部勢力が重大局面で大統領の側近グループを分断しようとしているとして、不忠に近い行為だと評した。

強まったトランプ氏の不満

ホワイトハウスでは27日、トランプ氏が数日後に重要な予備選挙を控えたテキサス州での政治イベントに向かう準備を進めていた。しかし、イランをめぐるトランプ氏の不満は次第に募っていた。

高官らはトランプ氏に対し、イランとの短期的な合意は視野に入るものの、ミサイル計画といった核心問題を含むものにはならないと説明した。同日のテキサスでの集会で、トランプ氏は交渉状況について「満足していない」と語った。

その後、一時的な和やかさも見られた。同州コーパスクリスティのハンバーガー店で、支持者たちの前で「ハンバーガーはみんなに!」と宣言し、自身が第47代大統領であることを示す「47」の番号が付いた持ち帰り袋を手にした。

ハンバーガーの袋を掲げるトランプ大統領(2月27日)

しかし振り返れば、その軽妙さは厳しい現実を覆い隠していた。

もはや追加協議は行われなかった。トランプ氏はテキサスを離れ、週末をフロリダ州の私邸マール・ア・ラーゴで過ごすため移動した。ワシントンではバンス氏が閣僚らと協議。同日夜、ルビオ氏は議会幹部に対し、イランに対する軍事行動の可能性が高いと通知した。

米国時間の深夜に公開された動画のなかで、トランプ氏は攻撃開始を発表し、「大量のテロ」を扇動していると非難したイランの体制打倒を同国の国民に呼びかけた。

「今夜、私がやろうとしていることを実行する意志を持った大統領はこれまでいなかった」と述べた。戦争は始まった。

初期段階は一方的な展開だが

イラン各地で爆発が相次いだ。米国とイスラエルによる数百回にわたる攻撃に対し、イランはイスラエルおよび中東の米関連施設に向けミサイルを連射した。

リヤド、ドーハ、アブダビ上空では、防空システムが迎撃にあたった。米海軍第5艦隊が拠点を置くバーレーンでは、米関連基地が攻撃を受けた。アブダビでは迎撃の破片により少なくとも1人が死亡した。

2003年のイラク侵攻と同様、初期段階は一方的な展開となった。トランプ氏とイスラエルのネタニヤフ首相は、1979年のイスラム革命以来2人目の最高指導者であるハメネイ師の死亡を発表。イランもその後、死亡を確認した。国防相や革命防衛隊司令官ら、他の高官の死亡も報じられた。

イスラエル・テルアビブでイランのミサイル攻撃を受けた建物(2月28日)

しかし、イラクやアフガニスタンでの介入から米国が学んだように、紛争は初動だけで決まるものではない。

トランプ氏は少なくとも現時点では、空からの攻撃に依存し、地上戦は避けている。組織化された反対勢力を欠くイラン国民に蜂起を促し、地上戦を担わせようとしている。

SNS投稿でトランプ氏は、「強力でピンポイントの爆撃」を「1週間、あるいは必要な限り」継続すると表明。一方で、イラン国民に対し、自身が与えた機会をつかむよう呼びかけた。

トランプ氏にとって、これは年初以来2度目の大規模軍事行動となる。ベネズエラの指導者を迅速に拘束した成功に勢いづき、戦争に踏み切った。

これはMAGA(米国を再び偉大に)を掲げてきた対外介入に慎重な基本路線を再び覆すものだ。10年前、「終わりなき戦争」を批判して台頭した指導者が、今や最大の賭けに出た。その影響は今後数年にわたり続く可能性がある。

もっとも、大統領に不安の様子は見られない。フロリダのリゾートに戻り、共和党が結束を示す中、ホワイトハウスのレビット報道官は、大統領は週末の予定を変更しないと述べた。

「トランプ大統領は今夜、マール・ア・ラーゴで開催される共和党の資金集めイベントに立ち寄る意向です。これまで以上に重要な行事です」と語った。

原題:Diplomacy Shifts to War: How Trump’s Team Decided to Attack Iran(抜粋)

--取材協力:Catherine Lucey、Josh Wingrove、Kate Sullivan、Natalia Drozdiak、Jennifer A Dlouhy、Romy Varghese.

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