2025年1月20日、米国で第2次トランプ政権(トランプ2.0)が発足してから1年を迎えた。
1年前の時点で、欧州の主流派の政治勢力や政策当局者は、第1次トランプ政権期の経験を踏まえ、トランプ2.0の下で米欧関係が冷え込むこと自体は覚悟していたはずだ。
しかし、トランプ2.0が、第2次世界大戦後に米欧が主導してきた国際秩序そのものを否定し、米欧関係が「価値を共有する同盟」から「価値を巡って対立する関係」へと質的に転換する事態、さらにはNATO加盟国間での軍事行動すら想定しなければならない状況まで悪化するとは、当初は考えられていなかっただろう。
トランプ2.0発足から1年を経た米欧関係の現在地を整理したうえで、その経験が日本にどのような示唆を与えるのかを考えたい。
米国からの圧力に晒される欧州
この1年、欧州は米国からの強い政治的圧力と批判に継続的に直面してきた。
その象徴的な始まりが、2025年2月の「ミュンヘン安全保障会議」におけるバンス副大統領の演説である。
同演説では、欧州諸国の民主主義のあり方そのものが厳しく批判された。
その後も、トランプ大統領や政権幹部は、欧州に対する批判を繰り返してきた。
批判の対象は、日本にも向けられる安全保障分野での「過少負担」や貿易不均衡にとどまらず、デジタル規制、移民政策、言論の自由の在り方といった内政・価値の領域にまで及んでいる。
さらに、ロシア・ウクライナ戦争を巡っては、トランプ大統領がしばしばロシア寄りと受け取られる姿勢を示し、ウクライナのみならず欧州の首脳らに大きな衝撃を与えてきた。
譲歩を重ねてきた欧州の交渉上の弱さ
欧州は、安全保障の中核を米国に依存しており、米国との交渉において構造的な弱さを抱えている。
ロシアによるウクライナ侵攻という安全保障の危機が現実のものとなったことで、欧州が、米国からの要求に対抗し続けることは難しくなった。
その結果、この1年で欧州は米国に対する譲歩を重ねてきた。
NATO加盟国の国防費目標はトランプ2.0の求めに応じてGDP比5%に引き上げられ、ウクライナ支援の金銭的負担も、基本的に欧州が担う構図へと転換した。
通商面では、トランプ関税に対する報復措置の発動を控え、世界貿易機関(WTO)ルール違反となり得る不平等な合意を受け入れた。
焦点となるグリーンランド問題
目下の焦点であるデンマーク領グリーンランドの領有問題でも、欧州は何らかの譲歩を迫られ、米国はさらなる成功体験を積み重ねることになるのかもしれない。
トランプ大統領は今月18日、グリーンランドに部隊を派遣した欧州8カ国(ドイツ、フランス、英国、オランダ、スウェーデン、ノルウェー、デンマーク、フィンランド)に対し、2月1日から10%の追加関税を課し、6月1日には25%に引き上げるとSNSで発信した。
関税措置は、「グリーンランドの完全かつ全面的な購入に関する取引が成立するまで」継続するとしている。
欧州側の派兵は、トランプ大統領がグリーンランド領有の根拠としてきた「安全保障上の懸念」を緩和し、米国による領有の必然性を低下させる狙いがあった。
象徴的な抑止と政治的シグナルの意味合いが強い動きであったと言える。
しかし、トランプ大統領はこれを欧州による「危険な試み」と断じた。
EU内部では、報復関税の発動や、「最終兵器」とも称される反威圧措置(ACI)、米欧関税合意の履行停止などの対抗策を検討する動きもみられる。
ただし、こうした対抗措置は、トランプ大統領の行動に歯止めをかけるどころか、より過激な対応を引き起こすリスクもある。
仮にトランプ大統領がウクライナ支援やNATOへの関与を交渉カードとして露骨に「武器化」すれば、欧州は立ちすくむしかないのが現実だ。
欧州に衝撃を与えたトランプ2.0の国家安全保障戦略
2025年12月に公表された米国の新たな「国家安全保障戦略(NSS)」は、この1年に欧州に向けられてきたトランプ2.0からの批判が国家戦略として明文化されたものという意味合いがある。
NSSは「広範の同盟ネットワーク」を米国の強みの一つと位置付ける一方、その出発点には、同盟国が米国に「国防コストを転嫁してきた」という認識がある。
同盟国・パートナー国には、自地域防衛における「主要な責務」を担い、「集団防衛への貢献を大幅に増やす」ことが求められる。
米国は調整役・支援役に徹し、「負担分担のネットワーク」の構築を優先するという。
グリーンランドの領有要求も、この構想の一環と見ることができるのかもしれない。
対欧州戦略では、EUの統合や規制、移民政策への批判にとどまらず、欧州諸国の民主主義の在り方や内政への介入にまで踏み込んでいる。
トランプ政権と対立する「不安定な少数与党政権」が「民主主義のプロセスを破壊している」と批判し、「欧州諸国内における現在の欧州の路線に対する抵抗を支援する」ことを戦略の優先課題に掲げた。
「愛国的な(欧州統合に懐疑的な)政党の影響力の拡大」を「大いなる楽観材料」とまで評価している。
NSSは対象国を名指ししてはいないものの、ドイツやフランスなど、欧州統合を主導し、右派ポピュリスト勢力を政権中枢から排除してきた国々を念頭に置いていることは明らかだ。
その一方で、ウクライナ侵攻を行ったロシアを明確に非難する文言は見当たらない。
NSSが掲げる10の原則の一つには、他国との関係における「柔軟な現実主義」がある。
志を同じくする友人に共通の規範を促す一方で、統治システムや社会が異なる国々と良好な関係を築くことに「矛盾や偽善は一切ない」とする考え方だ。
NSSは、米国が、「文明の消滅」を招くリベラル・エリートが支配する欧州ではなく、愛国主義的ポピュリストが率いる主権国家の集合体としての欧州を望む姿勢を明文化した。
そのことが、ロシアとの関係安定や安全保障問題の解決にもつながるとの考えも透けて見えるように感じる。
欧州の現在地は「明日の日本」か?
トランプ2.0の米国との溝が深まる欧州の現在地を、そのまま「明日の日本」と断じることは難しい。
確かに、安全保障の分野では、自地域防衛のためにより多くの負担を求められる点で、日本と欧州は共通している。
しかし、安全保障以外の領域では、対アジア戦略は、経済的利益の重視や敵対的な外国勢力の排除を軸とするものであり、むしろ「トランプ版モンロー主義(いわゆるドンロー主義)」を掲げて勢力圏化を図る「西半球」や「中東・アフリカ」戦略とトーンが近い。
何より、トランプ2.0の米国と日本の間には、欧州で見られるような価値や民主主義を巡る対立軸は見当たらない。
もっとも、力による支配を正当化し、同盟国に対しても経済力のみならず軍事力をちらつかせながら負担分担を迫るトランプ2.0の姿勢は、中国やロシアといった戦後国際秩序に不満を抱く国々の立場を強化する側面がある。
トランプ2.0が国際秩序や規範を軽視する行動を続ければ、アジアの安全保障環境にも大きな変化をもたらしかねない。
米国のNSSにおいて欧州と日本の扱いが異なるからといって、日本が行動しなくてよい理由にはならない。
欧州が直面している現実は、日本も新たな環境に適合した安全保障体制の構築に動かなければならないことを示唆する。
(※情報提供、記事執筆:ニッセイ基礎研究所 経済研究部 常務理事 伊藤さゆり)