“最高のベルギービール”こと「ウェストフレテレン」で知られる聖シクスタス修道院は、約200年の歴史の中で数々の困難を乗り越えてきた。だが近年、このカトリック修道院は二重の課題に直面している。活発な闇市場の影響で何世紀も続くビジネスモデルの変更を迫られている上、トラピスト修道会の修道士減少により、存続そのものが脅かされている。

聖シクスタス修道院では、朝になると欧州各地から集まった車両が辛抱強く待ち、修道服を着たフォークリフト運転手から事前注文したケースを受け取る光景が見られる。ウェストフレテレンの購入は複雑な手続きを要し、入手は非常に困難だ。

 

ウェストフレテレンは、国際トラピスト協会が認定する世界11の醸造所の一つだ。製品はトラピスト修道院の近隣で修道僧・修道女の監督下で製造され、得られた利益は慈善活動や修道共同体の運営に充てられる。醸造所はベルギーに5カ所、オランダに2カ所、フランス、スペイン、イタリア、イギリスにそれぞれ1カ所ずつある。

ブルームバーグが入手したデータによると、聖シクスタス修道院の修道士らが今年醸造を行う日数は57日にとどまる見通しだ。このため、毎月の大半は醸造設備が稼働停止状態となる。2025年の生産量は75万リットル強を見込んでおり、修道院の運営費と慈善事業費を賄うには十分な収益だ。ユーロスタットによると、2024年のベルギーの総ビール生産量は約21億リットルで、ウェストフレテレンはそのごく一部に過ぎない。だが、こうしたトラピスト修道院の伝統もあって、ユネスコはベルギーのビール文化を世界無形文化遺産に認定した。

ベルギー醸造協会のクリシャン・モードガル理事は「修道僧の数は減少しているものの、伝統・品質・価値観・信頼性の守護者としての彼らの役割は、ベルギーのビール文化にとって不可欠だ。彼らは、ベルギービール史の大部分が今も依拠する道徳的・歴史的基盤を形成している」と語る。

転売リスク

一見すると、ベルギーのトラピスト醸造所は活況だ。ビールの人気は根強く、修道士らは将来に向けた再投資も可能だ。だが、彼らの伝統と特異なビジネスモデルは、特有の圧力にさらされている。

米国唯一のトラピスト醸造所は2022年に閉鎖された。ベルギーでは、アへルの醸造所が認定資格をはく奪され、商業醸造所に売却された後、23年にトラピストビールの販売を停止した。残っていた最後の修道士たちは別の修道院に移った。修道院の醸造品や生活様式だけでなく、地域に重要な経済発展と慈善支援を提供してきた制度そのものが、危機にある。

ウェストフレテレンの場合、その希少価値が他のトラピスト醸造所にはない問題を生んでいる。他の醸造所のビールは店舗やパブで広く入手できるが、平均2.10ユーロ(約390円)のウェストフレテレンは、修道院で購入された後に高値で転売されるケースが後を絶たず、長年の課題となっている。英国のビール通販サイト「ビューティフル・ビール」では、1本あたり小売価格の10倍超、米国の「ベルジャンショップ・ドットコム」では6本パックで300ドル超の値段が付いている。

2019年以降、修道院は転売対策に乗り出している。購入者を何時間も待たせていた専用電話を廃止し、代わりに導入したオンライン注文システムにより、ビールの流通経路追跡を容易にした。

国際的なビールコンテストで最優秀賞を受賞した「ウェストフレテレン12」を購入するには、まずオンラインアカウントを作り、その後、醸造所のオンラインカレンダーを注意深く確認する必要がある。販売が行われていれば、オンラインの「待合室」で最大1時間待機し、その後10分間だけサイト内で注文できる。車のナンバープレートを登録し、日時を指定して聖シクスタス修道院の列に並ぶ。配達枠は厳格に管理されており、登録外の車で来れば入場を拒否される。制限を守らない場合、購入禁止となる。

修道院に醸造所がある

修道院に住み、運営に携わる修道士らは、外界との接触を最小限に抑える。慈善や寄付に頼ってはならず、祈りとめい想の生活と並行して労働し、自らを養うとの理念を掲げている。北部アントワープ郊外にあるウェストマール・トラピスト醸造所は、年間約1200万リットルのビール生産に加え、自前の牧場で飼育する牛の乳を使ってチーズも製造し、専門店で販売している。敷地内にはパン工房や鍛冶屋もある。

ウェストマールのビール醸造所内にある研究所(11月27日)

ウェストマールや、南部ワロン地域にあるシメイのような大規模醸造所では、修道士が直接関与せず、理事会を通じて戦略を指示しながら、実際の醸造活動は専門従業員に任せるようになった。

約30年前にウェストマール醸造所の総支配人として経営を引き継いだフィリップ・ファンアッシュ氏は、その運営方針と経営理念にひかれたという。

ファンアッシュ氏は「修道士たちは、ここで働く全員について知りたがっていた。修道院に醸造所がある。逆ではない」と語った。

修道院のビール醸造とは、利益と生産量を安定させて運営資金を確保し、慈善活動に寄付し、必要に応じて事業に再投資するものだ。とはいえ、修道士を目指す人の減少が、組織全体に影響する長期的な課題だ。人員減少と新たに修道士となる人の不足により、より多くのトラピスト修道院、ひいては彼らの醸造所や社会的ビジネスモデルが失われることが懸念されている。

ファンアッシュ氏は「私たちはここで200年にわたり活動してきた。農場、醸造所、チーズ工房、祈りの場、休息と静寂の場である、この美しい場所を守り続けたい」と語った。

原題:Belgium’s Beer-Brewing Monks Face Threat to Their Way of Life (1)(抜粋)

もっと読むにはこちら bloomberg.com/jp

©2025 Bloomberg L.P.