来年度の予算協議が難航するフランスでは、19日に行われた上下両院の予算委員会の代表者による予算一本化の試みが失敗に終わり、年内の予算成立が暗礁に乗り上げた。

年金支給開始年齢の段階的な引き上げを凍結することで、穏健野党で中道左派の社会党(PS)の協力を取り付け、社会保障関連予算を国民議会(下院)で通過させることに成功したが、年金改革の凍結に反対する右派勢力が多数派を占める元老院(上院)がこれを否決した。

政権に協力する中道右派政党・共和党(LR)のルタイヨ党首は、憲法49条3項に基づき、議会採決を迂回する形での予算成立を促しているが、ルコルニュ首相は政権発足に当たって同手続きを封印する方針を表明している。

昨年の予算協議では、この手続きを使って予算成立を目指したバルニエ首相(当時)が内閣不信任案の可決で辞任に追い込まれた。

ルコルニュ首相は、現行制度に基づく税徴収と今年度の歳出枠組みを引き継ぐ特別立法の成立を目指し、主要政党への協力を呼び掛けている。

22日にも議会審議を開始し、数日中に立法作業を終え、年明け以降も行政サービスを継続する。主要政党もこれに応じる構えで、米国型の政府機関閉鎖などの事態に発展するリスクはない。

政権は年明け以降、改めて予算成立を目指すが、膠着する事態を打開する妙案は今のところ見当たらない。

昨年はバルニエ氏を引き継いだバイル首相(当時)が年金改革の修正に向けた関係者間の協議を約束したことで社会党の協力を取り付け、政権発足と予算成立に漕ぎ着けた。

予算成立には社会党の協力とともに、年金改革の凍結に反対する共和党の協力を取り付ける必要がある。3月中旬には全国約3万5千の市議会選挙があり、主要政党は安易な妥協をできない。

インフレ下で歳出枠組みを前年と同額に維持することは、財政収支の改善につながるとの見方もある。

名目の所得や売上の増加に応じて歳入が伸びる一方、歳出が前年の数字で固定され、分子の財政収支が改善することに加えて、分母の名目GDPが伸びるため、財政赤字の対GDP比率が低下すると考える。

だが、政府が検討を進める特別立法は、中央政府の裁量的支出の多くを前年並みに固定するが、利払い費や地方政府の歳出は固定されない。

また、高齢化の進行が進むため、年金拠出の増加も避けられない。2026年予算案に盛り込まれていた増税措置も実施できない。

モンシャラン予算相やビルロワドガロ中銀総裁などは、予算未成立時にはむしろ財政赤字が悪化すると警笛を発している。

年内に予算が成立できず、財政赤字の削減がやや遅れる程度であれば、それほど悪いシナリオでもない。

より憂慮すべきは、議会採決を迂回する特別な立法手続きを用いた末に政権が再び倒れ、極右政権の誕生に近づく国民議会の前倒し解散が行われることや、予算成立での野党の協力を求めるため、年金改革の凍結に伴う財政悪化の穴埋めを断念し、大幅な財政悪化につながるケースだろう。

年明け後に仕切り直しする予算協議で、どのシナリオに向かうのかが改めて試される。

国民議会の解散・総選挙のリスクはそれほど大きくない。議会の解散権を持つのはマクロン大統領で、政権が再び倒れた場合も、議会を解散せずに、新たな首相を任命する可能性が高い。

フランスの憲法では、前回から1年経過しなければ、国民議会選挙はできない。2024年に国民議会選挙を前倒ししたことで、大統領選挙の直後に国民議会選挙を行う選挙スケジュールが崩れている。

従来、両選挙の日程は離れていたが、大統領の出身政党と議会の多数派が食い違い、政権運営が難しくなったため、選挙日程を合わせた経緯がある。

2027年に次の大統領選挙が予定され、その直後に国民議会選挙を行うことを考えると、来年後半以降、国民議会選挙を行うことは考えにくい。

但し、政権崩壊や議会選挙の前倒し回避による政治リスクの後退は、短期間で終わりそうだ。2027年4月に大統領選挙を控え、幾つかの政党は来年の秋から冬にかけて、候補者を一本化する予備選挙を行うことが予想される。

今年同様に、秋に本格化する次年度の予算協議は難航が避けられない。極右大統領の誕生や財政悪化が意識され、金融市場に動揺が広がる可能性がある。

大統領選挙の世論調査は、極右政党・国民連合(RN)のバルデラ候補が大きくリードし、決選投票への進出が確実視されている。

最近の世論調査は、何れの対立候補が決選投票に進出しても、バルデラ氏に勝てないが、政権を支える中道右派政党・水平のフィリップ候補が唯一、接戦に持ち込めそうな情勢にある。

マクロン大統領の就任時に首相を務めた同氏は、低支持率に喘ぐマクロン氏の後継者と目されることを嫌って、政権から距離を置き始めている。

フィリップ候補は予備選挙での候補者の一本化に否定的だ。だが、中道勢力を構成する3政党が独自候補を擁立すれば、中道候補間で票が割れ、フィリップ候補が決選投票への進出を逃す恐れがある。中道勢力の候補者一本化の動きが、大統領選挙を左右することになりそうだ。

※情報提供、記事執筆:第一生命経済研究所 経済調査部 首席エコノミスト(グローバルヘッド)田中 理