(ブルームバーグ):2015年の夏、怒りを募らせた数万人が東京の街頭で抗議デモを行った。
当時の安倍晋三政権が推し進めた集団的自衛権の行使を限定的に容認する安全保障関連法は、極めて論争的であり、平和憲法の精神に反すると一部の人々から見なされた。反対デモは1960年代以来の規模に膨らんだ。国会では、法案の成立を阻止しようとする一部の議員がもみ合いになったものの、失敗に終わった。
海外メディアは「日本は平和主義を放棄するのか?」と問いかけた。ピュリツァー賞を受賞した歴史学者ハーバート・ビックス氏は2016年の著作で、同法案を「新自由主義者たちが違法に強行採決した」と主張。防衛費の増額についても「日本国民のより差し迫ったニーズを満たすために必要な税金を浪費している」とし、当時一般的だった見解を反映していた。
それからわずか10年で、こうした声はほとんど聞かなくなった。確かに、首相官邸前には時折、平和主義を訴える少数のデモ参加者が集まることはある。危険が増す世界での日本の立ち位置について、国民はなお葛藤を抱えている。
遅ればせながら覚醒
だが、動きが遅いと非難されることが多い日本で、わずか10年の間にこれほど多くのことが変わったのは驚くべきことだ。抜本的な転換が進む中でも、防衛そのものへの強い反対は大きく後退した。国際社会の共通認識は、日本はもっとやるべきだというものだ。
ロシアのウクライナ侵攻や、北朝鮮による断続的なミサイル発射と核の挑発、中国の軍国主義、そして米国の不確かな同盟姿勢などが重なり、国民の意識と政策は第2次大戦後の徹底的な平和主義から劇的に変わった。これは、中国当局者が言う「再軍備」ではない。世界で最も危険な地域の一角における安全保障上の現実に、遅ればせながら目覚めたということだろう。
15年にあれほどの混乱を引き起こした安保法制も、今となっては悲しくなるほど不十分に映る。その後の10年間、防衛費の目安となっていた対国内総生産(GDP)比1%の撤廃、反撃能力の導入、装備品輸出の緩和、その他すでに実現したか進行中の変更に対し、国民の反発は限定的だった。
それは、15年の安保法制反対運動を主導した団体「自由と民主主義のための学生緊急行動(SEALDs、シールズ)」の時代とは対照的だ。「ファシズムに反対する若者たち」といったスローガンを掲げた彼らは、変革の象徴と受け止められ、「抗議活動をクールにした」と評価する特集記事の対象にもなった。
シールズは翌年解散し、その運動も後退した。現在の若者は保守的な傾向が強く、多くの世論調査では40歳未満の80%以上が高市早苗首相を支持している。与党・自民党は近年苦戦しているものの、平和憲法の改正に反対する伝統的な左派政党に支持はほとんど流れていない。
タブーも消失
抗議デモが起きる10年前、政府は別の目標を掲げていた。それは、経済的地位に見合った国連安全保障理事会の常任理事国入りだった。その実現は遠のいたが、戦後のリベラルな国際秩序が日本を守ってくれるという考えもまた、終わりを迎えた。
日本を突き動かす要因はロシアや中国だけではない。トランプ米大統領も同様だ。トランプ氏が貿易の規範を破り、従来の同盟関係に疑念を投げかけ、さらには中国と協力する方がビジネス上得策だといつか判断するかもしれないという懸念が、日本政府を不安にさせている。
これらは、日本が自国を守ることを学ばなければならないことを意味しており、タブーも消えつつある。来年、高市首相は殺傷能力のある武器輸出を実質的に拡大するためルールを緩和することを目指している。だが、最大の論点は別に残されている。
高市氏は首相就任以降、核兵器を「持たず」「つくらず」「持ち込ませず」とする政府の基本的な政策、非核三原則の堅持を明言していない。しかし、同氏は3年前、欧州のように米国の核兵器を日本に配備して共同運用する「核共有」の容認について議論することに支持を表明していた。
自らを守る
そうした議論は行われるべきであり、さらに公の場で進める必要がある。そうなれば、反対や抗議活動が再び勢いづくことが予想される。筆者は何年も広島で暮らしたことがあり、今も深いつながりがある。核兵器に対する国内の拒否反応がいかに強いかも理解している。
国際的な反応は言うまでもない。中国や北朝鮮、ロシアは激しく反発するだろう。韓国は米国との原子力潜水艦を巡るディールで強まった核への志向を一段と加速させるかもしれない。
安倍氏は、自国を守る必要はないという幻想から日本を覚醒させる一助になった。高市首相も、他国の庇護(ひご)の下に永遠にとどまることはできないという現実と向き合わなければならない。
(リーディー・ガロウド氏はブルームバーグ・オピニオンのコラムニストで、日本と韓国、北朝鮮を担当しています。以前は北アジアのブレーキングニュースチームを率い、東京支局の副支局長でした。このコラムの内容は必ずしも編集部やブルームバーグ・エル・ピー、オーナーらの意見を反映するものではありません)
原題:What’s Left of Japan’s Pacifism Meets Reality: Gearoid Reidy(抜粋)
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