(ブルームバーグ):中国の天津港から約20キロ沖合、渤海の海面に巨大な金属構造物がそびえ立っている。この海上プラットフォーム「11-1 CEPJ」は、曹妃甸油田・ガス田の中核で、中国が数十億ドルを投じて進めている国家的プロジェクトの象徴だ。
長年にわたり世界最大のエネルギー消費国である中国は、同時に最大のエネルギー輸入国であるという状況から生じるリスクを低減しようとしてきた。
しかし、その取り組みの緊迫度と規模は、ここ数年、そしてここ数カ月の間に急速に増している。背景にあるのは、地政学的緊張の高まりと、通商を武器として用いることをいとわないトランプ米政権の政策だ。
米政府が先月、ロシアの大手石油会社2社を制裁対象に追加したことは、中国の製油会社が一部の原油貨物の購入を取り消す事態にもつながった。
2019年に最新の生産拡大計画が本格化して以降、中国の大手エネルギー企業は探鉱・掘削に計4680億ドル(約72兆円)を投じている。その前の6年間と比べて約25%の増加だ。
この期間中にペトロチャイナ(中国石油)はサウジアラビアの国営石油会社サウジアラムコなどを上回り、世界で最も多くの資金を投じたエネルギー企業となった。
中国政府が今後も自立路線を一段と強化する可能性が高い中、投資ペースが鈍化する兆しは見られない。
ペトロチャイナ・インターナショナル(シンガポール)の天然ガス担当副社長、黄穎超氏は先週の会議で、「この数年、世界各地でエネルギー危機が起きている」と指摘。
その上で「ガスと液化天然ガス(LNG)は、水道水とボトルウオーターのようなものだ。水道水の方が安くて信頼性も高く、物流も容易だ。だからわれわれは国内生産を推進している」と述べた。
こうした動きは、世界の大手石油・ガス企業にとって大きな頭痛の種になりつつある。
米エクソンモービルや英BPなど世界の巨大エネルギー企業は長年、化石燃料需要のけん引役として中国を当てにしてきた。実際、過去10年間の大半において、中国は世界の原油需要増加の6割以上を占めていた。
世界最大級のLNG供給企業、英シェルは、40年までに中国を中心に世界のLNG需要が60%拡大すると見込み、数十億ドル規模の新規供給プロジェクトに投資している。
シェルのワエル・サワン最高経営責任者(CEO)は6月の会議で、ガスが中国のエネルギーミックス全体に占める割合は、現在の1桁台から20%に達する可能性があるとの見方を示した。
サウジアラムコのラス・タヌラ製油所ハッサン・アルヤミ副社長は先月の業界会合で、「中国を巨大市場だと考えている」と話した上で、「需要は増加している。今は安定しているかもしれないが、27年以降に再び伸びるだろう」と予想した。
「より有利な立場」
しかし、過去の傾向が将来を示すとは限らない。経済の減速や電気自動車(EV)の普及で需要の伸びが鈍化する一方、中国国内でのガス生産は増加している。
今年に入ってすでに他のエネルギー源との競合も進んでおり、サンフォード・C・バーンスタインのアナリストは、20年代末までに国内ガス生産の伸びが需要の増加を上回ると予想している。
その頃には、中国がロシアからパイプライン経由でのガスの受け入れを拡大する可能性もあり、そうなれば輸入LNGへの需要はさらに冷え込む見通しだ。
それでも、世界のエネルギー企業が今年1-10月に新たに承認したLNG輸出能力は約1000億立方メートル分に達し、すでに記録上2番目に多い年となっている。
エネルギーデータ分析のウッドマッケンジーによると、米国だけでも20年代に1000億ドル規模のLNG輸出インフラ投資が見込まれている。
トランプ米大統領は、中国がより多くの米国産エネルギーを購入し、さらにはアラスカ州への投資も含めた包括的な貿易休戦の一環として協力を進めると発言している。しかし農業など他の重要分野と同様に、中国には代替手段が十分にある。
「中国は生産を増やしている。原油需要が減少または横ばいとなる中で、これはトランプ政権のエネルギー覇権戦略に対抗する緩衝材となる」とコロンビア大学グローバルエネルギー政策センターのシニアリサーチスカラー、エリカ・ダウンズ氏は説明。中国は「トランプ政権1期目の時と全く異なり、むしろより有利な立場にある」との見方を示した。
中国は依然として生産量を大きく上回るエネルギーを消費しており、その状況がすぐに変わる見込みは薄い。それでも、現在の原油生産量で世界7位に位置し、多くの石油輸出国機構(OPEC)加盟国を上回っている。天然ガスでは世界4位だ。
こうした存在感の高まりは、中国国有石油大手の進化を物語っている。
ペトロチャイナと中国海洋石油(CNOOC)、中国石油化工(SINOPEC)は2000年代以降、規模と技術水準の両面で大きく成長し、今や米シェブロンやシェルと並ぶ生産・精製・石油トレーディングの巨大企業だ。
ペトロチャイナの年間生産量は過去10年間で25%近く増加し、石油換算で18億バレルに達した。
オックスフォード・エネルギー研究所で中国リサーチ担当ディレクターを務めるミカル・メイダン氏によれば、「中国の石油大手は生産目標を上回ったことで、市場を驚かせただけでなく自らも驚いている」という。
「特に石油需要が減少する中で、中国は状況をコントロールできているという感覚を得ている」と同氏はみている。
トランプ政権1期目の貿易戦争時、習近平国家主席は国内の原油生産を強化するよう改めて呼びかけた。
それ以後、中国の石油生産は13%増加し、天然ガスは5割余り伸びた。いずれも過去最高を今年更新する見通しで、世界の供給バランスに、原油ではインドネシア1国分近く、ガスではアルジェリア1国分ほどに相当する増産効果をもたらしている。
中国当局は将来の具体的な生産目標を公表していない。来年3月の全国人民代表大会(全人代、国会に相当)で第15次5カ年計画が承認される際に、何らかの方向性が示される可能性もある。
当局は掘削ペースを継続したい意向を明確にしている。政府方針に詳しい関係者によると、この新たな5カ年計画では上流部門の強化が優先課題として位置付けられる見通しだ。この関係者は公表前の目標だとして、匿名を条件に語った。
原題:China Pours $470 Billion Into Oil, Gas in Rush for Self-Reliance(抜粋)
--取材協力:Stephen Stapczynski、Sing Yee Ong.
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