日本銀行に慎重な利上げを望む自民党の高市早苗新総裁の姿勢が、足元で急激な円安をもたらしている。円安で高まる物価上振れリスクを背景に、高市氏の思いとは裏腹に日銀の早期利上げ観測が再び勢いづく可能性もある。

9日の外国為替市場で円相場は1ドル=153円を割り込み、約8カ月ぶりの安値を付けた。積極的な財政出動と金融緩和の継続という高市氏の政策スタンスの下で、日銀の利上げが後ずれするとの観測などが背景にある。4日の自民党総裁選での高市氏の勝利以降、円は対ドルで3%以上下落し、主要10カ国通貨で最大の下落率となっている。

高市氏は4日の就任記者会見で、「多くの国民が直面している課題に取り組んでいかなければならない。何としても物価高対策に力を注ぎたい」と語った。財政・金融政策に責任を持たなければならないのは政府だとの見解も示した。

消費者物価(生鮮食品を除くコアCPI)が3年以上も日銀目標の2%を超えて推移する中、円安進行は輸入コストを押し上げ、物価の上振れリスクにつながる。円安への対応は、高市氏が新たな首相に就任した後、最初の大きな試練となる見通しだ。

みずほ銀行の唐鎌大輔チーフマーケット・エコノミストは、「円安経由でインフレが輸入される現状について、国民の不満は極めて大きい」と指摘。その上で、日銀の金融政策に関しては、「10月の利上げは五分五分だと思っていたが、高市氏で円安となり、可能性は逆に高まったように思える」と述べた。

オーバーナイト・インデックス・スワップ(OIS)市場では、高市氏の予想外の勝利を受けて、29、30日の金融政策決定会合で0.25%の利上げが実施される確率が25%程度に急低下。小泉進次郎農相の勝利を見込み、一時は70%近くまで上昇していた。

高市氏の経済ブレーンの1人である本田悦朗元内閣官房参与は6日のインタビューで、新首相の就任から間もない今月会合での日銀の利上げは「さすがに難しい」としつつも、12月会合ならば問題はないと指摘。円安の過度な進行は物価を高止まりさせてしまうとし、「150円を超えたら、やや行き過ぎだろう」との見方を示した。

日銀も円安注視

金融政策は直接的に為替変動に対応するものではないが、日銀は物価上振れリスクの観点から注視している。円安進行は最大のリスク要因である米関税政策の日本企業への影響を軽減する作用もある。

前回の7月会合では、0.5%程度の政策金利の維持に2人の審議委員が利上げを主張して反対票を投じた。日銀が経済・物価が見通しに沿って推移すれば利上げを継続する方針を示している中で、10月会合では政策調整の議論が一段と広がりやすい。

低金利の円を調達して高金利通貨を購入する円キャリートレードの機運も再び高まっており、政府が円買い介入を行った2024年の介入ラインとされる160円程度が視野に入りつつある。もっとも、加藤勝信財務相は7日、円安進行について「為替市場での過度な変動を注視する」と述べるにとどめた。

日本が自国有利の為替操作を行っていると主張してきたトランプ米大統領の意向も、今後の日本政府と日銀の円安への対応に影響を及ぼしそうだ。トランプ氏は今月下旬に来日する予定で、新たな日本の首相と会談する可能性が大きい。

ベッセント米財務長官は8月のブルームバーグのテレビインタビューで、日銀の金融政策運営について、インフレ抑制に取り組む必要があるとした上で、「後手に回っている」との認識を示した。米財務長官が他国の中央銀行の金融政策に言及するのは異例のことだ。

来週には米ワシントンで20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議が開かれる。為替市場を巡る財務省幹部や植田和男日銀総裁ら当局者、米要人などの情報発信から目が離せない状況が続きそうだ。

ニッセイアセットマネジメント戦略運用部の三浦英一郎専門部長は、円の対ドル相場は「介入や利上げがなければ160円まで試しに行く」とし、160円になる前に日銀が高市氏を説得し、米側からも利上げするよう圧力がかかるとみる。その上で「円安進行のスピードが速いと、10月利上げの機運が盛り上がる可能性がある」と述べた。

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