(ブルームバーグ):日本銀行の植田和男総裁は9日から5年間の任期の後半に入るが、日銀を取り巻く政治環境は厳しさを増しそうだ。先に行われた自民党総裁選では、利上げに慎重な高市早苗前経済安全保障担当相が選出された。
植田総裁は既にジレンマに直面している。日銀は、今月下旬の政策会合での1月以来となる利上げに向けた地ならしを進めているとみられていた。だが高市氏が総裁選に勝利した今、利上げに踏み切れば高市氏の反感を買い、同氏が今後日銀の決定に対する影響力拡大を目指すこともあり得る。
日銀が今月金利を据え置いた場合、高市氏の総裁選勝利を受けて植田氏が既に利上げを先送りしているのだと市場関係者は結論付けるかもしれない。そうなれば円安は一段と進む可能性があり、植田氏と高市氏の双方に為替の問題が生じる。次の政策会合は約2カ月先だ。
植田総裁の任期後半は、どこまで利上げできるかだけでなく、日銀の独立性の境界線を維持できるかどうかにも注目が集まりそうだ。

ニッセイ基礎研究所の上野剛志主席エコノミストは、最近の堅調な経済データと日銀の政策シグナルから、10月利上げの可能性は高まったと感じていたと説明。だが高市氏が勝利したことでその可能性はなくなったとし、今後の利上げはより困難になると予想した。
日本社会がインフレ再来に順応する中、大規模緩和策から完全に脱却しようという植田総裁の意欲に疑いの余地はほとんどない。
植田氏は既に市場の予想を大きく上回る成果を上げている。長短金利操作を撤廃し、国債買い入れの減額を進め、その他リスク資産の購入を停止した。さらに上場投資信託(ETF)の売却も決定。これら全ては、任期半ばに達する前に行われた。
その間、政府当局者からの圧力とは事実上無縁だった。インフレが続く中、金利をマイナスの領域から緩やかなペースで引き上げるのは理にかなっていると、多くの人は捉えてきた。
そこに高市氏が現れた。同氏は昨年、日銀の政策を巡り「金利を今、上げるのはあほやと思う」と発言。高市氏が首相になれば利上げにブレーキをかけるとの見方が市場に広がった。高市氏は、今月半ばに予定される首相指名選挙で首相に選出される見通し。

ニッセイ基礎研究所の上野氏は、「植田総裁の任期前半については前向きな評価だ。正常化をうまくやってきた」としつつ、「今後は高市さんになり、より難しい課題に直面するだろう。日銀としては高市氏が政策変更のたびに何か口を挟んでくるのかどうか気にしなければならない」と述べた。
高市氏の勝利により、日銀が今月の会合で利上げに動くとの観測は大きく後退した。9月会合では審議委員2人が利上げを主張し、政策金利維持の決定に反対。また同月下旬には、慎重なハト派と位置付けられている審議委員が利上げに前向きな発言を行った。そうした状況を受けて市場は1週間前、10月利上げの確率を68%と織り込んでいた。だが10月7日の時点では確率は20%をわずかに上回る程度に過ぎない。
市場の見方の変化は、高市総裁の経済ブレーンの1人である本田悦朗元内閣官房参与によって裏付けられた。本田氏は6日、ブルームバーグのインタビューで、10月の利上げは困難との認識を示した。高市氏は日銀に利上げを「慎重」に進めて欲しいと考えていると、本田氏は説明。一方で、12月会合については0.25ポイント引き上げても問題はないとの見解を示した。
本田氏は安倍晋三元首相の経済政策「アベノミクス」の立役者として知られる。アベノミクスが始まった当初、日銀と政府はデフレ脱却を目指した共同声明(アコード)を公表。この共同声明は現在も継続している。
本田氏は、共同声明の変更を急ぐ必要はないとの考えだが、高市氏は今月の会見で「今のアコードがベストなものかどうかしっかり考えていきたい」と発言。日銀と政府との今後の関係に検討の余地が生じる可能性があることが示唆された。
これまでのところ、高市氏は日銀と財政出動の双方についてメッセージをトーンダウンさせている。6日には円が大幅安となり、超長期金利は上昇したが、7日はより落ち着いた動きとなった。
高市氏が自民党幹事長に鈴木俊一総務会長、副総裁に麻生太郎最高顧問を起用したことも、市場が落ち着きを取り戻した理由の一つだ。いずれも財務相を経験した両氏の存在は、高市氏が財務省の了解を得ずに財政出動や減税に乗り出す可能性が低いことを示唆している。
また一部のエコノミストは、日銀の独立性を巡る懸念は行き過ぎだとみる。
元日銀調査統計局長でSOMPOインスティチュート・プラスの亀田制作エグゼクティブ・エコノミストは「高市さんが何を言うか見てみないといけないが、日銀が利上げをすべきだと考えている時にそれを大幅に何カ月も遅らせるようなことは考えにくい」と語った。
利上げのタイミングを巡る議論は、植田総裁がいかに大きく前進してきたかを示している。
植田氏が2023年4月9日に総裁に就任した時、日銀ウォッチャーは、植田氏が市場の動揺を引き起こさずに2%のインフレ目標を達成し、近代史上最も積極的な金融緩和策を解除するのは不可能に近いと考えていた。緩和策の枠組みを取り払うには、総裁としての全任期が必要になるかもしれないとの見方もあった。
植田総裁は、政策のドグマを繰り返すのではなく、日銀の考えを自らの言葉で伝えるというコミュニケーションスタイルを用いて、そうした予想を超える成果を上げてきた。
JPモルガン証券の藤田亜矢子チーフエコノミストは「おそらく植田総裁がサプライズなど狙わず、丁寧にコミュニケーションを取ろうとしていることが助けになっていると思う」と分析した。
植田総裁は、24年夏の世界的な市場混乱の後、日銀のメッセージ伝達を強化してきた。当時の利上げは一部で予想外と受け止められ、市場混乱の一因となった。だが混乱の主な要因は、米国の経済データを受けて米金融政策の見通しが変化したことだったとみられる。
高市、植田両氏とも、米連邦準備制度理事会(FRB)やトランプ大統領の認識を含めて今後の米国の政策を注視していく必要がある。特に円安が進行した場合は注意しなければならない。
トランプ大統領は、日本が自国の利益のために為替を操作していると繰り返し主張している。またベッセント米財務長官は8月、ブルームバーグに対し、日銀は後手に回っていると述べた。米財務長官からそうした発言が出るのは極めて異例だ。
ニッセイ基礎研究所の上野氏は、日本がまだデフレ環境だったのなら問題はないが、円安やトランプ大統領、インフレという現在の環境下で、高市氏がこれまでの見解に固執するのは難しいと語る。
JPモルガン証券の藤田氏は、「日銀はFRBと同じような間違いを起こすリスクがある。インフレが何年も高止まりする可能性があり、植田総裁にとってより大きな挑戦となり得る」と分析。またETF売却に関する植田総裁の計画にも懸念がある。売却に100年以上かかるのは、多くのエコノミストや政治家にとって長過ぎるように思われる。
元日銀調査統計局長の亀田氏は、高市氏の下で追加的な歳出計画が実施され、利回りが急上昇した場合、日銀は国債購入の縮小ペースを調整しなければならなくなる可能性が高いとみる。
「植田総裁が大規模緩和の巻き戻しを相当うまくやってきたことは認めなければならないだろう。ただ、まだ終わりではない。火はくすぶっている」と亀田氏は述べた。
原題:BOJ’s Ueda Left With Rate Hike Dilemma as Takaichi Set to Lead(抜粋)
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