(ブルームバーグ):日本の新しいリーダーの誕生が、必ずしも世界の関心を呼ぶとは限らない。
だが自民党総裁選でやや意外な勝利を収め、来週にも首相に就く可能性が高い高市早苗氏の登場は、市場を揺さぶり、左派も右派も一斉に反応している。
雰囲気が一変しつつある。高市氏に関する考察記事への需要が供給を上回り、誤情報やフェイクニュースが飛び交っている。
2012年に安倍晋三氏が自民党総裁に返り咲いた時も同様で、同氏を危うい国家主義者だとする大合唱が起き、「危険なほどナショナリスティック」とまで形容された。日本の軍国主義を復活させ、財政出動で経済を崩壊させるといった予言もあった。
それは現実を反映していなかった。今回も、同じことが繰り返される恐れがある。虚像が広まるスピードは10年余りより格段に速い。幾つかの主張について、事実と虚構を切り分けてみよう。
急進的な右翼
安倍氏の時と同様に、高市氏を単なる右派や保守ではなく、「ウルトラナショナリスト」だとか、過激だとか、女性版ドナルド・トランプだと決めつけたい向きが多い。
もっとも本人の責任という側面もある。若手議員だったころ、ヒトラーの選挙戦術を論じた書籍に賛辞を寄せる帯文を書いたのは軽率だった。
他方で、しばしば取り沙汰される中には、ホロコースト否定論者と会った場面の写真があるといった揚げ足取りもある。
高市氏が所属する保守系の「日本会議」についても、多くの情報が飛び交っている。日本の権力を背後で操る陰謀組織のように描写されがちだが、中道左派とされる岸田文雄前首相を含む数百人の国会議員が名を連ねる。
これは安倍氏の時に使われた手口の焼き直しで、不確かな傾向をほのめかし、関係があるというだけで罪を問うやり方だ。
もっとも、こうしたレッテル貼りは定着しなかった。安倍氏は結局、12年以降8年にわたり政権を担い、急進的なことはほとんどせず、職場での女性の役割を大きく広げるなどの成果を上げた。高市氏は今、その恩恵を受けている。
もちろん高市氏は強固な保守で、靖国神社への参拝を是認している。夫婦別姓のような考えにも否定的だ。高市氏自身、離婚後に同じ相手と再婚している。最初の結婚では夫の姓を名乗り、再婚時には夫が高市家の姓を名乗った。同性婚には反対だが、同性パートナーシップは支持するとしている。
ただ、高市氏の政策の多くは多くの国において、極端と受け取られるようなものではない。政策の中核は憲法改正と強固な防衛力だ。これらの見解は、日本でももはや過激と見なされるべきではない。
「ワークライフバランスという言葉を捨てる」
高市氏は自民党総裁に就任してわずか数分で、最初の論争を生んだ。就任スピーチで、国のために「働いて、働いて、働いて、働いて、働いていく」と述べ、同僚議員にも同様に仕事に励むよう促した。
首相という職務の厳しさを嘆いていた前総裁の石破茂氏とは対照的で歓迎された。一方、「ワークライフバランスという言葉を捨てる」との発言は反発も招いた。
長時間労働の是正や過労死防止を訴える活動家から批判が殺到した。筆者はこれまでにも高市氏の慎重さを欠く一面を指摘してきたが、今回はその類いではない。
同氏が語りかけていた相手は国民ではなく自民党議員だった。政治家に一生懸命働いてほしくない人がいるだろうか。
「ジェンダー平等が後退」のなぜ
臨時国会で首相に指名されれば、日本は米国に先んじて女性のトップリーダーを持つことになる。東京都知事は小池百合子氏だ。首都と国政のトップがともに女性の数少ない国の一つにもなる。
もっとも、高市氏本人は自らの性別について大げさに語ることはない。ただ、同氏と異なる政治スタンスの陣営が女性であることを取り上げることがある。毎日新聞は「ガラスの天井を破った高市氏 『ジェンダー平等が後退』の懸念も」と題した記事を配信した。
高市氏は多くの政治家と違って裕福な家庭に生まれたわけではない。そうした女性に対しては、いささか手厳しい評価だ。高市氏は内閣の女性比率を北欧並みにしたいと考えている。
ただ、その前に立ちはだかるのは、登用できる女性議員が少ないという現実だ。米女子テニスプレーヤーで後にレズビアンであることを公表したビリー・ジーン・キング氏(キング夫人)が言っていたように「目に見えるロールモデルがいなければ、そのような存在にはなれない」のだとすれば、高市氏は後に続く人たちの励みになるだろう。
アベノミクス2.0
高市氏の勝利を受け、日経平均株価は6日に4.8%上昇した。だが筆者は、巨額の財政出動が再加速し、日本銀行がそれに従うという「アベノミクス2.0」になるとの見方には懐疑的だ。アベノミクスは高市氏が強く支持していた安倍氏の経済政策だ。
過去に高市氏が積極財政を唱えてきたのは事実だ。しかし自民党は今、そうした急進的な計画を押し通せる立場にない。というより、公明党との連立与党は衆参両院で過半数割れしており、いかなる政策であれ押し通せる状況にない。石破政権は昨年の衆院選も今年の参院選も大敗した。
高市氏はまた、総裁選の勝利に大きく貢献したとされる麻生太郎氏のような冷静なベテランにも恩義を感じ配慮するだろう。
成功への障害は数多い。高市氏自身の、時に向こう見ずな性格もその一つだ。とはいえ、政治の現実が否応なく抑制を迫るだろう。ネット上のうわさではなく、同氏の実際の行動で判断しよう。
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(リーディー・ガロウド氏はブルームバーグ・オピニオンのコラムニストで、日本と韓国、北朝鮮を担当しています。以前は北アジアのブレーキングニュースチームを率い、東京支局の副支局長でした。このコラムの内容は必ずしも編集部やブルームバーグ・エル・ピー、オーナーらの意見を反映するものではありません)
原題:Radical to Rihanna — Dispelling Takaichi Myths: Gearoid Reidy(抜粋)
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