新しい自民党の総裁に高市早苗氏が選ばれた。
マーケットは、円安・株高・金利上昇に反応しそうだ。

政策面では、拡張財政を掲げ、日銀の利上げに対しても厳しい見方をする。

場合によってはインフレ加速を促して、余計に物価高対策に財政資金を投じなくてはいけないジレンマに陥る可能性がある。

持論は少し封印して、物価抑制に努めることが求心力を維持するための良策だと思う。

政治的立場は強くない

10月4日の自民党総裁選挙では、高市早苗氏が主に党員票の支持を受けるかたちで、新総裁に選ばれた。国会指名を受けて次の首相になる公算が高い。

投票結果を国会議員についてみると、決戦投票では149票で、もう1人の小泉進次郎候補の145票と伯仲していた。

これは茂木候補、小林候補の支持票が高市氏に向かったためだとされるが、足し算をすると2人の票以外に第1回投票で3位になった林芳正候補の票の一部が高市氏に流れたことがわかる。

麻生太郎氏の支持を受けて、その影響を受けるという見方も強い。党内・閣僚人事にはその影響が色濃く表れる可能性が高い。すでに幹事長には、麻生派の鈴木俊一氏の名前が挙がっている。

石破首相がそうであったように、高市総裁の自民党内での政治的基盤が必ずしも盤石ではない点は要注意だ。求心力のある政策運営ができなければ、また短命政権に終わるリスクが残る。

注目される経済政策では、拡張財政によって経済成長を促すことを表明している。国土強靱化で「強い経済」を目指すと述べているから、公共事業も積み増しするのであろう。

しかし、金融・財政政策だけでは潜在成長率は高まらない。エコノミストや経済学者の間では、そうした需要中心のテコ入れには疑問が大きい。むしろ、産業界は潜在成長率を高めてほしいと望んでいる。

高市総裁の経歴の中では、大学教員を2回ほど経験しており、中小企業論を教えていたとされる。経済学の知見をもっと使って、名目成長率だけではなく、実質成長率が高まるような政策運営を目指してほしい。

また、高市総裁の持論を巡っては、様々な軋轢が生じそうである。経済政策では、物価高対策と言いながらも、インフレ加速を後押ししかねない財政拡張と金融緩和の維持に舵を切ることへの懸念が第一にある。ここもエコノミストや経済学者から反発を受けそうだ。

連立を組んでいる公明党からは、その政治姿勢に強い警戒感がある。外交面では、アジア諸国からの警戒感が示されている。筆者は、せっかく韓国大統領が石破首相と融和的な関係を築こうと歩み寄っているので、その流れを継続してほしい。

多くの右派政治家は、トランプ大統領がそうであるように、国内の特定支持者向けに対外的強硬姿勢をアピールする。それは必ずしも健全な世論形成に結びつかない。これらの懸念が、そうならないことを願いたい。

円安・株高・金利上昇

高市総裁の就任に反応して、為替市場では円安が進みそうである。10月29・30日には日銀会合を控えている。植田総裁や他の政策委員は、それほど遠くない将来に追加利上げに動こうという情報発信をしているように見える。

もしも、高市総裁があからさまに利上げにNoを伝えるならば、円安が加速するだろう。10月6日は1ドル149円台と、2円程度の円安になっている。FRBは追加利下げの構えなので、本来であれば円高基調になってもおかしくはない局面である。

それでも、最近は日本の政治発の要因で円安に傾いている。だからこそ、対日銀のアナウンスには、本当に注意していただきたいものだ。

拡張的な財政も、物価高を助長する要因として不安視される。地方への交付金拡大や国土強靱化の名称で推進される公共事業の拡大は、確かに地方経済にはプラスだが、需要刺激を通じてインフレ加速に結びつく公算が高い。

野党が要求している「年収の壁」対応、給付付き税額控除も、家計支援になる反面、需要刺激につながっていく。拡張財政はインフレと結びつきやすいことは、経済学的知見からみて明らかだ。

本来は、そこを後詰めで金融政策を引き締めていれば、何とかインフレ加速を抑えられる。だからこそ、日銀に金融政策は任せて、政治発で自分たちの意向を述べない方が賢明なのだ。

注目は、秋に打ち出される可能性がある補正予算の動向だ。自然増収の範囲を超えて歳出拡大をすれば、そこで新規国債の増発を余儀なくされる。これは、長期金利上昇の要因である。すでに超長期ゾーンの20年、30年、40年は水準を切り上げている。インフレ懸念の顕在化は、この傾向をさらに助長させるだろう。

コントラストが生じそうなのは株価である。株式市場では、高市トレードと言って、高市総裁のインフレ型政策運営を好感する意見もある。物価上昇の下で、上場企業の製品・サービス価格が上がっていけば、企業収益・配当も増える。そうした期待感が、株価上昇要因として前向きに捉えられている。

支持率はいずれ下がっていく

どんな政権であっても、短命政権が続いては好ましくはない。内閣がころころと交代したフランスは、9月にフィッチによって国債を格下げされている。日本も潜在的に国債の格下げリスクはある。高市総裁にも財政リスクはあるから格下げには要注意だ。

今のところ、高市総裁は、消費税の食料品部分の税率をゼロに引き下げることについて優先順位が低いと述べている。しかし、気が緩んでしまい、消費税減税を実行すれば、いくつかの格付け機関から非常に厳しい評価を受けるだろう。筆者は、高市総裁であってもそうした禁じ手にはさすがに手をつけないとみている。

今後、高市総裁には、歴代内閣が苦しんできた支持率の低迷に苦しむ可能性があると思う。就任当初はいくらか支持率が高くとも、時間の経過とともに歴代内閣の支持率は低下していくからだ。過去、安倍政権はそこをうまく制御してきた。

もしも、円安が加速すれば、輸入物価を押し上げて国内の食料品価格を上昇させ、今は右派的スタンスに拍手喝采をしている人々も、離反していく可能性がある。こうした逆境を跳ね返す方法はバラマキではなく、賃上げと成長戦略である。自民党総裁選挙で、小泉候補、林候補、茂木候補の3人が言及していた賃上げの実現である。

総裁選の話を聞く限り、高市総裁には賃上げに向けて決め手になる政策のアイデアはなさそうである。自民党内の意見をもっと広く集めて、成長戦略を推進し、そのバックアップを受けた賃上げの道筋を描くことが課題である。そうすれば、一旦低下した支持率も、賃上げがじわじわと進んでくれば、底上げされるだろう。「跳ね返す力」が新しい総裁には求められる。

厳しい対米外交

日本人の誇りを重視する人々は、トランプ大統領の政策をどう感じているのだろうか。筆者でさえ相当に腹立たしく思っている。高市支持者は、トランプ大統領と高市総裁の関係をどうすべきだと考えているのか。

筆者は、日本の輸出に関する対米依存度を引き下げて、アジア・EU向けの輸出増に舵を切った方がよいと考える。

トランプ大統領が今後とも様々な要求を突きつけてくるだろうから、そうした要求に屈しない胆力が求められる。面従腹背にならざるを得ない。

政治日程をみると、そのトランプ大統領が10月末に来日するようだ。石破首相は、日米首脳会談で良好な関係を築くことには成功した。トランプ大統領は、首脳外交の中ではタカ派的な志向の人物とは気が合うことが多い。

例えば、欧州ではイタリアのメローニ首相とは良好な関係を築いている。メローニ首相は、極端な右派政治家であり、首相就任前はEU批判を繰り返していたが、首相就任後はEUとも関係を改善させて、現実的な路線に変貌した。非常にしたたかな政治家だと言われる。

長期金利は9月にイタリアの金利とフランスの金利が逆転するという現象が生じている。高市総裁には、是非、アジアのメローニ首相になっていただき、現実路線に転換して、対米関係でも日本が米国から同盟国として尊重される立場になるようにしてほしい。アジア諸国とも、安倍元首相がそうであったように、穏当な政治姿勢を貫いて関係改善に尽力してほしい。

日米間では、まだ80兆円の対米投資ファンドへの協力という課題がある。巨額の資金をそのファンドに融資・保証しなくてはいけない。

日本企業も、米国側が指定したプロジェクトへの参画を求められることになる。決して日本企業に不利な条件を受け入れてはいけない。筆者は、高市総裁にとって、この対米外交は実のところ鬼門になるのではないかと警戒している。

※情報提供、記事執筆:第一生命経済研究所 経済調査部 首席エコノミスト 熊野 英生