実証データが示す「競合」と「非競合」の明確な線引き
本章では、論文が提示する「6つの事実」のうち、特にAIと人間の「競合」の構造を理解する上で重要となる2つの事実に焦点を当て、それを裏付けるデータについて紹介する。
1) AIへの“暴露”が高い職種における若手労働者の雇用動向
「AIへの"暴露"が高い職種では、22-25歳の若手労働者の雇用が大幅に減少している」。
これが当論文が提示する第一の事実である。
「AI暴露度」とは、その職種の業務がAIによって代替または補助される可能性の高さを示す指標である。暴露度が高いほど、AIの影響を強く受けるとされる。
この傾向を最も明確に示しているのが、ソフトウェア開発者とカスタマーサービス担当者のデータである。
これらの職種における年齢別雇用動向を、2022年10月を基準とすると、両職種ともに、22-25歳の若手層の雇用は2025年7月時点でピーク時より約20%減少しているのに対し、35歳以上の層は雇用が増加傾向にあった。
論文の著者は、この傾向について、AIが特に「明示化された知識」、すなわち、教科書やマニュアルに記述されているような定型的な知識やタスクを処理することに長けているためであると推論している。
経験の浅い若手労働者は、こうした「明示化された知識」を主に担当する傾向があるため、AIの影響をより強く受ける可能性がある。
一方で、経験を積んだベテラン層は、データには表れにくい「暗黙知」や複雑な判断を要するタスクを担っており、その需要は維持または増加していると考えられる。
2) AIへの“暴露”が低い職種における若手労働者の雇用動向
「AIへの"暴露"が低い職種では、若手労働者の雇用が安定または増加している」。
これが第二の事実である。
このパターンを示す例として、ヘルスケアエイド(看護助手、精神保健助手、在宅ヘルパー)のデータによると、これらの職種では、22-25歳の若手層の雇用が、35歳以上の層を上回るペースで伸びている。
論文は、こうした職種のAI暴露度が低い理由として、その業務が身体的な作業や対面での人間関係の構築を多く含むことを挙げている。
現在のAI技術は、こうした物理的・社会的なスキルを代替することが難しいため、これらの職種における若手の雇用はむしろ拡大している。

ここまで見てきた2つのデータは、一貫して同じメッセージを伝えている。
AIが真っ先に影響を与えるのは、「経験の浅い若手労働者が担う、定型的で知識ベースのタスク」である。
換言すれば、若手労働者はAI時代の「カナリア」なのである。炭鉱で有毒ガスの存在を知らせるカナリアのように、彼らの雇用動向は、各職種におけるAIの影響力を最も敏感に映し出している。
この現象を理解することで、我々は労働市場の変化をいち早く察知し、適切な対応策を講じることができるのである。