ベッセント米財務長官は、トランプ政権1期目の財務長官が連邦準備制度理事会(FRB)議長を大統領のために選任し、政権内で孤立した結果に終わった二の舞を避けようとしている。

1期目のムニューシン財務長官のような末路をたどらないために、ベッセント氏は今月から始まるFRB議長候補との面談にあたって、慎重なバランスを取る必要がある。すなわち、利下げ路線を強く求めるトランプ氏の期待と、金融市場から信認を得られる人物の選定という2つの要件を両立させなければならない。

ベッセント米財務長官

ベッセント氏は、2018年にパウエル氏を強く推したムニューシン氏とは異なり、意図的に控えめな姿勢をとっている。関係者によれば、同氏は約12人の候補者リストを作成したが、その中の誰かを特定して推すつもりはない。面談を通じてリストを数人の有力候補に絞り込む予定だが、順位付けや明示的な推薦は行わないという。

トランプ政権の元高官によると、ベッセント長官はトランプ大統領自身に最終的な決断を下させたいと考えている。財務省はこの件に関するコメント要請に応じていない。

トランプ氏は5日、記者団に対し、人選について心づもりはあると述べ、次期FRB議長の「トップ3候補」として、ハセット米国家経済会議(NEC)委員長、ウォラーFRB理事、ウォーシュ元FRB理事を挙げた。

ビーコン・ポリシー・アドバイザーズのマネジングパートナーで元財務省高官のスティーブン・マイロウ氏は「ベッセント氏がムニューシン氏より慎重な姿勢を取っているのは賢明だ。それは生き残るための戦略でもある」と指摘する。

ベッセント氏は現在、トランプ政権内で最も信頼される閣僚の1人でありながら、ウォール街でも高い信用を保っている。このため、通商協議の交渉役やFRB議長の人選責任者として自然と中心的な立場を担っている。

ただ、FRB人事は極めて難しい任務でもある。トランプ氏はFRBに対し、政策金利を3ポイント引き下げるよう公然と求めているが、市場では、そうした急激な措置は債券市場の混乱やインフレ再燃を引き起こす恐れがあると懸念されている。

ムニューシン氏の選択

ムニューシン氏は2018年、当時のパウエルFRB理事を議長に昇進させる人事を主導した。しかしその後、FRBがトランプ大統領の反対を押し切って利上げを続けたことで、トランプ氏はこの人選に強い不満を抱き、パウエル議長を公然と非難し、ムニューシン氏に対しても誤った人選を勧めたとして批判した。

トランプ氏の非公式な経済顧問であり、レーガン政権時代の減税政策を理論的に支えたアーサー・ラッファー氏は「トランプ氏はムニューシン氏を怒鳴りつけ、パウエル氏を指名するよう勧めたことを非難していた。ムニューシン氏はその場で固まり、震えていた」と述懐する。

トランプ氏は当時、ムニューシン氏の更迭も検討したほど激怒していたが、結局同氏は政権にとどまり、1期目の4年間を通して財務長官を務め上げた。

ムニューシン氏の広報担当者はこの件に関するコメントを控えた。

パウエル氏がFRB議長に就任してからおよそ8年、同氏に対するトランプ大統領の不満はさらに強まっている。トランプ氏は、利下げを迅速に行わなかったとしてパウエル氏を「ミスター・トゥー・レイト(遅過ぎる男)」とやゆし、解任を検討したこともある。

現在は、住宅ローン詐欺の疑惑を理由にクック理事を解任しようとする取り組みが法廷闘争に発展しており、FRBへの攻撃姿勢は一層鮮明だ。

トランプ氏は自身がパウエル氏をFRB議長に指名したことから距離を取ろうとしており、7月には同氏が議長に選ばれたのは「驚きだった」と発言し、その責任をバイデン前大統領に転嫁するような言い方もしている。

こうしたFRBに対する公然たる攻撃は、市場の動揺を抑えつつ、要求の多い大統領を満足させなければならないという、ベッセント長官の立場を一層難しくしている。

一方、同氏が政治と経済的現実のバランスを取ろうとする中、債券市場はトランプ氏が求めるような急激な利下げはインフレを再燃させるのではないかとの懸念を強めており、30年債利回りは5%に迫る水準で推移している。

戦略変更

ブルッキングス研究所ハッチンス財政金融政策センターのデービット・ウェッセル所長は、ベッセント長官の動きについて、市場やメディア、議会に対して「すべてがトランプ氏の気まぐれで決まるわけではなく、きちんとしたプロセスが存在する」とのメッセージを発信しようとしているように見えると指摘した。

7日にNBCの番組に出演したベッセント氏は、次期議長が率いるFRBの独立性について問われ、「異なる政策も考慮に入れられる柔軟な人物を求めている」と述べた。その上で、「トランプ大統領が自らの見解を示すことは間違いない」とも語った。

ただ、ベッセント氏の協力者らは、次期議長がトランプ氏の期待どおりに速やかに利下げを実施せず、大統領の政策路線に十分に従わなかった場合、同氏の政権内での地位が急速に揺らぐ可能性があることを懸念している。

トランプ氏は現在、消費者物価の抑制と住宅コストの低下という2つの目標を最優先しており、これらは2026年の中間選挙で有権者の投票行動を左右する主要な争点となるとみられている。

ベッセント氏の主導する人選がこれらの目標を実現する議長につながれば、政権内での影響力はさらに強まる見通しだ。

だが、そうならなかった場合、これまでの取り組みにかかわらず、批判の矢面に立たされるリスクは避けられそうにない。

ブルッキングス研究所のウェッセル氏は「トランプ氏がいつまでも味方でいてくれると思っているなら、その人は現実が見えていない」と語った。

原題:Bessent Battles Trump Demands, Market Jitters in Fed Chair Hunt(抜粋)

--取材協力:Saleha Mohsin.

もっと読むにはこちら bloomberg.co.jp

©2025 Bloomberg L.P.