自民党は追い詰められていた。相次ぐスキャンダルと支持率の低下に苦しんでいた自民党は1年足らず前、大きなギャンブルに出た。新総裁に石破茂氏を選んだのだ。

2008年の映画「ダークナイト」でマイケル・ケイン演じるバットマンの執事がジョーカーについて語ったように、絶望の中で人は理解しきれていない人物に頼ってしまうものなのかもしれない。

もっとも、首相を辞めると7日に表明した石破氏はジョーカーのような存在ではない。ただし、道化師的な政権だったと論じられることになるかもしれない。日本が国際社会での地位を問われる激動の時代において、混乱の象徴として記憶されることになるだろう。

自民党内にあって、常に謎めいた存在だった石破氏が総裁となり、首相に選出された。同氏が起用されたのも、党内の大物議員たちが、保守色が極めて強い高市早苗氏よりはましだと考えた結果に過ぎなかった。

しかし、長年にわたり首相の座を目指してきた人物が、これほど脆弱(ぜいじゃく)な政権運営しかできず、1年足らずで3回もの選挙に敗れるとは、誰も予想していなかった。右派はすでに自民党から離反。石破氏が当初、辞任拒否の姿勢を続けていたことは党分裂の危機すら招いていた。

石破政権がインフレ対策として打ち出した主な経済政策は、国民への一律2万円給付だったが、実施されることはなく、トランプ米大統領の関税措置への対応に追われ続けた。まとまった日米合意は特筆すべきものではなく、強固な同盟を掲げる日米関係にふさわしいものとは言えなかった。

結果として、1年前とほぼ同じ地点に戻ったように見える。だが、自民党の立場は明らかに弱まっている。衆参両院のいずれでも自民党を中心とする与党は過半数を失い、保守派との溝を深めた。右派有権者の離反は必然だろう。

日本で極右勢力が台頭しているとの見方は行き過ぎだが、次のリーダーに求められるのは、中道右派としての信頼の回復だ。問題は、自民党がその課題に応えられるかどうかだ。

石破氏の辞任報道前に共同通信が実施した世論調査によれば、有権者の約83%が、参院選大敗を踏まえた自民党の総括報告書は信頼回復にはつながらないと考えている。

しかし、自民党は過去にも復活を遂げてきた。09年に下野した自民党は、12年の総裁選で当時は意外な総裁候補とされていた安倍晋三氏が石破氏を決戦投票で逆転。再登板を果たし、党をまとめ上げた。今、同じようなビジョンを持つ人物はいるのか。

強いリーダー

注目されるのは、高市氏と小泉進次郎農相の2人だ。昨年の総裁選で石破氏に僅差で敗れた高市氏は有力候補と目されており、女性初の首相となる可能性がある。トランプ氏との関係も良好とされ、右派の離反を食い止め得る。

安倍氏が進めた経済政策「アベノミクス」の継承者を自任している高市氏には株式市場の反応も良好だろう。ただし、大規模な財政出動を掲げる政策は、長期金利が数十年ぶりの高水準にある中で、さらなる金利上昇を招く可能性がある。

一方、今年最も印象的な実績を挙げたのは小泉氏かもしれない。歴史的なコメ価格高騰のさなかに農相に就任し、コメ相場を反転させる手腕を見せた。

経験不足が指摘されながらも、今回キングメーカーとしての役割を果たした。石破氏は6日に小泉氏らと面会。石破氏が辞任を決意する前に行った最後の会談の一つだったとされている。

伏兵として、中道保守の小林鷹之氏に注目する向きもある。ただし、誰が次の首相になるのかの前に、どのように選ぶのかが問題だ。

自民党は、国会議員と都道府県連の代表による投票を選択する可能性もあるが、こうした簡易型の総裁選の場合、新しい総裁は数日内に決まる。一方で、党員投票を含む「フルスペック」型の選挙を実施すれば、決定には数週間を要する。

いずれの方法にせよ、新総裁は、衆院の多数派奪還を目指して解散総選挙に打って出るか、あるいは政権を完全に失い、数十年ぶりの政界再編に直面するか、重大な決断を迫られる。

自民党には、党内外で真に支持を得られる人物が必要だ。日本はこれまで長きにわたる政治的停滞の中でもなんとかやってきた。ただ、官僚機構が石破氏より弱い首相を支えたという例は多くない。

今こそ、明確なビジョンが必要だ。高齢化や労働力不足、巨額の公的債務という構造的な課題に加え、数十年ぶりのインフレや移民政策への懸念も浮上している。

加えて、中国やロシアの強硬姿勢が続く中で、米国が安全保障の担い手としての役割を放棄しつつあるという不安も広がっている。強いリーダーの存在は欠かせない。

このことを最も理解しているのは、有権者自身だ。より良いリーダーを選ぶ資格が自民党にあるかどうかは分からない。だが、日本にはその資格がある。

(リーディー・ガロウド氏はブルームバーグ・オピニオンのコラムニストで、日本と韓国、北朝鮮を担当しています。以前は北アジアのブレーキングニュースチームを率い、東京支局の副支局長でした。このコラムの内容は必ずしも編集部やブルームバーグ・エル・ピー、オーナーらの意見を反映するものではありません)

原題:Japan Deserves Far Better Leadership Than This: Gearoid Reidy(抜粋)

コラムについてのコラムニストへの問い合わせ先:東京 リーディー・ガロウド greidy1@bloomberg.netコラムについてのエディターへの問い合わせ先:Ruth Pollard rpollard2@bloomberg.net

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