強力な一族のつながり、アイビーリーグの学位、そしてウォール街での実務経験。アーサー・ハイルブロン氏(38)は、世界有数の多世代にわたる巨額資産を支配する者が持つべき要素を、全て備えるべく育てられてきた。

シャネル帝国を背後で支える名家の後継者は、900億ドル(約13兆2400億円)規模の資産を管理する企業のトップに近づきつつあるようだ。

6年前に世界最大級かつ最も秘匿性の高いファミリーオフィスの一つ、ムース・パートナーズに加わって以来、ハイルブロン氏は、自身と一族が所有する不動産、銀行・メディア投資を統括する経営ポジションを担ってきた。

登記記録によると、ハイルブロン氏は今年、長年シャネルで重役を務めたミカエル・レナ氏の死去に伴い空席となった、ムースの主要な持ち株会社の取締役に就任した。ハーバード・ビジネス・スクールを卒業し、ゴールドマン・サックスの元バンカーでもあるハイルブロン氏が、一段と頭角を現しつつある証しと言える。

創設者の息子

ハイルブロン氏は、ムースの創設者であり、1991年以来同社の会長を務めているシャルル・ハイルブロン氏の息子でもある。シャルル氏は、シャネルの3代目相続人であるアラン・ベルテメール氏、ジェラール・ベルテメール氏の異父兄弟だ。この兄弟は、1910年にガブリエル(ココ)・シャネルと共にファッションハウスを立ち上げた創業期のビジネスパートナーの孫に当たる。

リンクトインのプロフィルによると、ハイルブロン氏は2019年、ムースのディレクターとして加わり、数年後にマネジングディレクターに昇進した。現在はもう1人のマネジングディレクター、ポール・ユン氏と共に、プライベートエクイティー(PE、未公開株)とベンチャー投資の共同責任者を務めている。

23年にはムースが他のフランスの名家などと共に投資銀行ロスチャイルドの非公開化を支援し、ハイルブロン氏は同行の監督委員会メンバーにも選任された。

ムースの担当者はコメントを控えた。

ブルームバーグ・ビリオネア指数の算定によれば、非上場のシャネルの持ち株を等分して所有しているとされるベルテメール兄弟の純資産は、それぞれ約450億ドルに上る。新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)後に高級品市場が低迷し、ベルナール・アルノー氏率いるLVMHモエヘネシー・ルイヴィトンや、ピノー家が支配するケリングなどの競合が打撃を受ける中でも、同兄弟の資産はおおむね維持されている。

ハイルブロン氏の台頭は、長く自らの富を公の目から遠ざけてきた一族の後継計画の一端を示している。ジェラール氏の息子ダヴィド氏は、PE事業に携わっているものの、2人の相続人の他の子供たちが、ムースに関与している様子はうかがえない。

ファミリーオフィス向け助言会社FO-ネクストの創業者マルク・ドゥボワ氏は「ムースはファミリーオフィスというより、むしろ高級ブランド帝国のためのプライベート基金のような感じだ」と語った。

 

巨額資産の管理

ブルームバーグ・ビリオネア指数によると、世界の上位500の巨額資産家のうち少なくとも5分の1はファミリーオフィスを有し、総額4兆ドル超の資産を管理している。

シャネルの最終持ち株会社は、ケイマン諸島に拠点を置くベルテメール一族のムース・インベストメンツで、財務諸表を開示していない。ムース・パートナーズは同社の投資部門で、北京と香港にもオフィスを構えている。世界で30人余りを雇用しており、その中にはJPモルガン・チェースやウェルズ・ファーゴ出身の元銀行アナリストも含まれる。

これまでに同社は、メンタルヘルスやバイオ技術、食品会社など幅広いスタートアップを支援してきた。また、数十年にわたり、書籍出版、専門メディア、アニメや漫画事業を手がけるメディア・パーティシパシオンを通じ、フランスの出版・映像産業にも投資している。

シャネルの事業運営には関与していないものの、ムースは、マンハッタンのセントラルパーク南にそびえる高額賃料で知られるガラス張りのタワーに共にオフィスを構える。ハイルブロン氏と父シャルル氏は、この「ビリオネアズ・ロウ」と呼ばれる地域にある拠点を勤務先として記載しており、アラン・ベルテメール氏も長年オフィスを構えている。

閉ざされた扉の向こうでは、ムースの後継計画に関する次の一歩が、すでに進んでいるかもしれない。ただし、シャネルを背後で支える名家の誰かが、公に語ることはまずないだろう。

ジェラール・ベルテメール氏は01年にこう語った。「私たちは非常に控えめな一族だ。決して話さない」

原題:Chanel Owners Lean on 38-Year-Old to Protect Their Billions (1)(抜粋)

--取材協力:Julius Domoney.

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