タイの政局は不透明な状況が続いている。タクシン元首相は王室に対する不敬罪で起訴されたが、証拠不十分で無罪となった。

その一方、帰国後に受けた汚職・権力濫用による実刑判決は恩赦で短縮され、収監されないまま刑期を終えたことの妥当性を最高裁が来月判断する予定である。

タクシン氏の長女ペートンタン首相も、カンボジアとの非公式会談の内容流出で国軍高官を非難したことが問題視され、憲法裁が職務停止を命じるとともに、倫理規定違反に関する審議を進めている。

ペートンタン氏の問題をきっかけに、政権を支える連立から保守派・タイの誇り党が離脱しており、政権基盤は脆弱化している。

また、タクシン家の影響力が低下し、そのことをきっかけに政権が崩壊すれば、一昨年の総選挙で躍進した民主派・国民党が台頭するとの見方もある。

保守派の影響力が強い司法がその判断に「手心を加える」との見方もあるが、如何なる判断が下されたとしても、タイの政局を巡る不透明感は継続する可能性は高いと見込まれる。

タクシン氏は不敬罪回避も収監の可能性

タイの政局を巡っては不透明な展開が続いている。

検察は昨年、タクシン元首相を王室に対する不敬罪を理由に起訴したが、バンコクの刑事裁判所は22日、不敬罪を立証する証拠が充分にないことを理由に同氏を無罪とする判決を下した。

検察は、タクシン氏が2015年に韓国メディアの取材を受けた際、前年(2014年)に発生したクーデターを巡って王室の諮問機関である枢密院が関係したとの発言したことについて、不敬罪に当たると判断して起訴に踏み切った。

仮に裁判所が不敬罪と認定した場合、3年以上15年以下の禁固刑を受ける可能性があったものの、そうした事態は回避された。

タクシン氏を巡っては2023年に帰国した後、汚職や権力濫用などの罪で禁固8年の実刑判決を受けたものの、その後に恩赦によって刑期が1年に大幅に短縮された。

さらに、タクシン氏は体調不良を理由に警察病院で療養したことを受けて、最終的に刑務所に一度も収監されることなく刑期を終えた。

しかし、その後にこうした経緯を不当とする訴えがなされており、最高裁判所は来月9日にその判断を下す予定となっている。

よって、上述の通りタクシン氏は不敬罪を回避したものの、仮に最高裁が刑期満了を不当とする判断を下した場合、一転してタクシン氏が収監される可能性がある。

ぺートンタン氏も解職

一方、タクシン氏の長女であるペートンタン首相を巡っては、憲法裁判所が先月に解任を求める請願を受理し、審議開始と同時に職務停止の仮処分が下されている。

ペートンタン氏は国境地帯での隣国カンボジアとの対立激化を受けて、事態打開のために同国のフン・セン上院議長(前首相)と非公式に電話会談を行った。

しかし、直後にカンボジア側がその内容を流出させ、そのなかでペートンタン氏がフン・セン氏にへりくだる姿勢をみせるとともに、タイ国軍高官を非難する発言を行っていたことが明らかになった。

これを受けて、親軍派や反タクシン派は政権への反発を強めるとともに、議会上院(元老院)が憲法裁判所にペートンタン首相の解任を求める請願書を提出する事態に発展した。

憲法裁は今月29日にペートンタン氏が倫理規定違反に該当するか判断を下し、認定されれば同氏は即日解職される。

また、現政権を支える与党連立を巡っては、ペートンタン氏を巡る問題発覚を機に枠内で第2党であった保守派・タイの誇り党が連立から離脱し、辛うじて議会下院(人民代表院)で多数派を維持する勢力となるなど、政権基盤は脆弱さを増している。

タイの政局を巡る不透明感は長期化する可能性も

こうしたなか、タクシン氏の収監、ないし、ペートンタン氏の解職によってタクシン家の存在感が低下すれば、政権の屋台骨が大きく揺らぐことが懸念される。

2023年に実施された議会下院総選挙では、王室や軍の改革を公約に掲げる民主派・前進党が第1党となる大躍進を遂げる一方、同党の存在を警戒した軍は親軍政党とタクシン派・貢献党の連立により政権を発足させた経緯がある。

さらに、前進党は昨年に公約を巡って解党処分を受けたものの、後継政党である国民党は若年層などを中心に幅広い国民から根強い人気を得ている。

タイの司法を巡っては、国軍や官僚に近い保守派の影響力が強いとされる。仮にタクシン派・貢献党の屋台骨が揺らぎ、政権が崩壊すれば、その後の政権樹立に向けて国民党が存在感を発揮する可能性が出てくる。

そうした事態を回避すべく、司法判断に対して『手心を加える』といった見方がある一方、そのような司法を巡る不透明感は海外から同国に対する見方に影響を与えることも考えられる。

こうした状況を勘案すれば、タクシン氏やペートンタン氏に対する判断が如何なる形になった場合においても、タイの政局を巡る不透明感は継続する可能性が極めて高いと見込まれる。

※情報提供、記事執筆:第一生命経済研究所 経済調査部 主席エコノミスト 西濵 徹

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