(ブルームバーグ):ロッキー山脈を一望する米ワイオミング州ジャクソンホールで開かれる年次シンポジウムは、世界各国・地域の中央銀行総裁やエコノミストらにとって通常、幾つかの複雑な経済問題について議論したりハイキングしたりする機会だ。
しかし、カンザスシティー連銀が主催し、23日に閉幕した今年のジャクソンホール会合は、緊張を感じさせる場面があったほか、米金融当局の前途がいかに困難なものかを浮き彫りにするものでもあった。
パウエル米連邦準備制度理事会(FRB)議長は22日の基調講演で、早ければ9月の連邦公開市場委員会(FOMC)会合で利下げに踏み切る可能性を示唆した。ただ、それが正しい判断なのかどうかを巡っては当局者間に明確な意見の相違がある。パウエル議長自身、現在の経済情勢が当局者に「困難な状況」を突きつけていると指摘した。
米金融当局者は、依然として目標の2%を上回り、さらに上昇傾向にあるインフレと、軟化の兆しを示す労働市場に直面している。政策を相反する方向に誘導するこうした不安な現実の下、これらの要因が今後数カ月にどのように変化するか高度の不確実性があり、事態は一段と困難になっている。
シカゴ連銀総裁のグールズビー総裁は会合の合間のインタビューで、「さまざまな力が交錯しており、厳しい環境にある」と述べるとともに、「私が常に語っているように、中銀にとって最も難しい仕事は、転換期にタイミングを見極めることだ」と話した。
会合では、連邦準備制度に対する政治的圧力も浮き彫りになった。トランプ大統領は自身の改革からこれまで唯一逃れてきたとも言える連邦機関の中で、最も注目度の高いFRBに影響力を及ぼそうとしており、今後数カ月にさらに圧力が強まる公算が大きい。
パウエル議長が22日午前に講演を行っている最中、トランプ氏はクックFRB理事について、住宅ローン詐欺を働いたとの側近の主張を理由に、クック氏が辞任しなければ解任すると発言した。
これは、トランプ氏が執拗(しつよう)に利下げを求める状況にあって、政権が複数の方向から金融当局に圧力をかけようとする最新の試みと言える。
今回のイベントは、近年と比べて明らかに警備が強化され、会場の緊張感を一層高めた。警官らが軍用スタイルの迷彩服を着用するなどして、武装した姿で常に警戒に当たっていた。
トランプ氏の支持者で、米金融当局に批判的な投資家、ジェームズ・フィッシュバック氏は22日午前、ジャクソンホール会合に姿を現したクック氏に対して「なぜ住宅ローン詐欺を行ったのか」と繰り返し叫び、会場のホテルロビーから退場させられた。
金利の道筋
パウエル氏は、FRB議長としてはおそらく最後となるジャクソンホール会合での講演で、米経済を巡る不透明なシグナルについて詳述した。
関税が物価に与える影響は顕在化しているものの、それがインフレを一段と持続的な形で再燃させるのかどうかについては、引き続き疑問があると述べた。また、労働市場について、労働力需給の両面で顕著な鈍化が見られ、「やや奇妙な均衡状態」にあると指摘した。
こうした不確実性にもかかわらず、パウエル議長は来月16、17両日のFOMC会合での利下げに道を開いた。ただ、昨年の会合ほど明確な示唆ではなかった。昨年は労働市場が悪化する一方でインフレ懸念が和らぎ、当局者の多くが早期の利下げに前向きだった。しかし、今年はそうした強い支持はない。
最近のデータを見ると、インフレ率は2%の当局目標を上回ったままで、一部の指標では関税の直接的な影響を受けない製品やサービスにまで物価上昇圧力が波及している可能性が示されている。一方、夏季に雇用の伸びは大幅に鈍化したものの、低失業率といった他の労働市場指標は、一段と安定した状況を示している。
経済が今後どう展開するか明確な見通しが立たない中、今後の対応を巡り当局者間の意見対立が深まっている。7月のFOMC会合の金利据え置き決定にウォラー理事とボウマン副議長(銀行監督担当)が利下げを支持して反対票を投じており、9月に利下げが実施された場合、今度は逆方向の反対票が投じられる可能性もある。
トランプ氏がFRB理事の空席ポストに新たな候補者を起用するとともに、パウエル議長が来年5月に任期満了となるのを前に、政策についての見解の相違は今後数カ月に一段と先鋭化する可能性がある。トランプ氏はすでに、ホワイトハウスの大統領経済諮問委員会(CEA)のミラン委員長を来年1月に任期が満了するFRB理事ポストに指名している。
政治的圧力
こうした不一致が生じている金融当局は、ホワイトハウスから厳しい監視を受けている。この話題は公式な会合で直接議論されることはなかったものの、コーヒーブレークや食事中、セッションの合間などで会話に取り上げられた。
ハーバード大学経済学教授でこの会合にたびたび参加しているカレン・ダイナン氏は、金融当局者が政治の話題に踏み込もうとしなかったことに驚きはないとコメント。それでも、経済の大局的な課題にどのように取り組むべきか、会合は模範を示すものだと評価した。
「今年は、優れた経済学に基づき、著名な専門家らが記した論文が多数発表され、特に意義深く感じられる」とダイナン氏は話し、「こうした問題は直感に頼ったり、身近な人々と話したりするだけで解決できるものではない。こうした専門知識が本当に求められている」と論じた。
新たな枠組み
比較的注目度が低かった話題の一つのは、パウエル議長が講演で公表した新たな政策枠組みだろう。
この文書は物価安定と最大限の雇用という目標達成を目指す当局者の指針となるもので、2020年に導入された前回の文書を数カ月かけて見直した成果だ。新たな戦略では、新型コロナウイルス禍以前に課題とされていた持続的な低インフレに重点を置いた文言の一部が削除された。
シカゴ大学ハリス公共政策大学院のキャロライン・フルーガー准教授は新戦略について、基本に立ち返り、金融当局が物価安定と最大限の雇用という本来の使命に一層明確に集中できるようにするものだと解説した。
パウエル議長の発言については、「自身の責務はインフレと失業にあると強調し、それは独立した連邦準備制度でなければ達成できないとも語っていた。多くの人々がそれを評価していると思う」と述べた。
世界的影響
そうした評価は、パウエル議長が22日午前に世界中の経済学者や中銀当局者らのスタンディングオベーションで迎えられた場面でも明白だった。
連邦準備制度の独立性は、他国・地域の当局者らにとって理念の問題であるだけでなく、実際上も極めて重要と言える。ワシントンで下された決定は、必然的にその影響が広範囲に及ぶためだ。
パウエル議長の発言を受けて、ユーロは対ドルで1%上昇し、来年には1.6%まで鈍化すると予測されているユーロ圏のインフレにさらなる下振れリスクを加えた。
ピーターソン国際経済研究所の上級研究員で国際通貨基金(IMF)の元チーフエコノミスト、モーリス・オブストフェルド氏はユーロ圏などについて、「米経済規模を考えれば、利下げが実施され、それが米国の成長鈍化を反映しているとすれば、彼らにとっても成長の鈍化を意味する可能性が高い」との見解を示した。
原題:Fed’s Jackson Hole Points to a Hard Road Ahead for Powell(抜粋)
(トランプ氏が先にミラン氏をFRB理事に指名したことを追加して更新します)
--取材協力:Matthew Boesler.
もっと読むにはこちら bloomberg.co.jp
©2025 Bloomberg L.P.