(ブルームバーグ):米国では特定の種類の健康データが公的ウェブサイトから削除されつつあり、複雑な性感染症(STI)患者の治療に当たる医師らが苦慮している。また、保険会社は気候・自然災害のデータベースを使用できなくなる見通しだ。学区では生徒の評価基準設定や資源配分に不可欠な全米学力調査結果を利用できず、簡易版で対応せざるを得ない状況となっている。
これらはトランプ政権が進める連邦政府縮小策の「巻き添え被害」の一端だ。政府の歳出削減を目指す「政府効率化省(DOGE)」によると、同省はこれまでに1万2000件近い契約を打ち切り、総額440億ドル(約6兆5500億円)相当の節減を実現したほか、数十億ドルの助成金を停止した。
また、数十万人の連邦職員が自主退職や解雇などで離職し、複数の省庁に影響が広がっている。労働統計局や国勢調査局など連邦統計システムの要となる機関のほか、科学技術、交通、保健など多分野にわたる小規模機関にも波及している。
一部のデータ収集はトランプ氏のホワイトハウス返り咲き前からすでに、予算縮小や職員の離職で危機にさらされていたが、調査回答者の減少も加わり、代表性のある情報の収集に一段と時間とコストがかかるようになっている。
経済データへの脅威
企業は給与・賃金や投資の決定に際して政府統計を参考にしている。米連邦準備制度理事会(FRB)やホワイトハウスも、金利や関税の決定など財政・金融政策を運営する上でデータを活用している。一般市民にとっても統計は、優良学区の評価や感染症の流行、自然災害への備えなどを知る上で重要な情報だ。
専門家らは経済統計について、引き続きおおむね信頼できるとしているが、現在のような傾向は懸念されている。労働統計局はインフレや雇用に関する主要指標を担っているにもかかわらず、2010年以降、実質ベースで予算が約20%削減され、トランプ政権の26会計年度予算概要では予算と人員の両方でさらに8%のカットが見込まれている。
こうした削減を受け、同局はホワイトハウスの行政管理予算局(OMB)が最も重要と判断したデータに集中せざるを得なくなる。消費者物価指数(CPI)および生産者物価指数(PPI)向けの一部データの収集・作成を止めることも数カ月前に決めている。
バイデン前政権下で商務省の経済担当次官を務めたジェド・コルコ氏は「経済データに対する脅威は加速している」とし、時間とともに統計の精度が落ち、改定幅が広がり、推計や補完に依存する傾向が強まるリスクがあると指摘した。
複数の民主党上院議員は6月10日、労働統計局および所管官庁の労働省に対しトランプ政権発足以降の統計プログラム変更や職位削減数を開示するよう文書で要請。「これらの統計は社会保障、賃金、金利、企業や家庭の経済判断など、全米のほぼ全ての家計に影響する」と論じた。
ホワイトハウスのデサイ報道官は「政権としては、全ての連邦機関・下部機関が法的義務に基づき、正確かつ適時に、国民にとって有益なデータを公表する責任を果たすことに引き続き取り組んでいる」と電子メールで回答した。
相次ぐデータ公開停止
データ公開停止が最初に顕在化したのは、米疾病対策センター(CDC)だった。1月の大統領令により、連邦機関から「多様性、公平性、包摂性(DEI)」関連の文言の削除が指示された。医学誌ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシンによると、200件を超えるデータセットが公的ウェブサイトから削除され、更新が停止されたものもあった。
CDCが数十年にわたり蓄積してきたエイズウイルス(HIV)、結核、性感染症に関する監視データを検索できるツールや、妊娠リスク研究のデータベースなどが影響を受けた。米厚生省は、薬物乱用に関連する救急外来診療のデータ収集を打ち切る方針だ。
米家庭医学会(AAFP)次期会長のサラ・ノーサル医師は2月上旬、診察中にCDCの性感染症治療や避妊方法のアプリが読み込めなくなったことに気づいた。アプリは現在復旧したものの、データの正確性が保証されず不完全な状態であるため、今後は使わないと話した。以前ならアプリで速やかに得られていた情報を専門家に直接問い合わせて入手する必要があり、時間もコストもかかっているという。
気候・環境関連データ
気候関連のデータもターゲットになっている。米海洋大気局(NOAA)は、被害額が10億ドル以上の気象災害に関するデータベースを廃止する方針。保険会社や再保険業者による損失の算出や、災害リスクに関する啓発活動で重要なツールとされてきた同データベースは、7月の壊滅的な洪水からの復旧を進めるテキサス州中部で今後数カ月にわたって広く利用されるはずだった。
NOAAはまた、気象衛星プログラムによる観測データの配信も7月末に終了する。このデータは米国立ハリケーンセンターの気象予測で熱帯性暴風雨の急激な発達を察知するために使われていた。ホワイトハウスも環境マッピングツールを政府系ウェブサイトから削除した。これは、汚染や気候変動リスクにさらされる地域を保護するために活動する市民団体が利用していた。
影響がさほど目立たないものも一部あった。農務省は6月、四半期の貿易統計の公表を数日遅らせ、従来掲載していたコメントや分析を省略した。教育省内の統計部門は、従来の約100人から3人程度にまで縮小され、連邦規則で義務づけられている公表スケジュールの掲示も行っていない。
統計改革の契機
連邦統計制度が機能するには十分な人員と予算が必要となるが、専門家の間では、単なる予算投入では状況は改善しないとの声もある。
「Democratizing Our Data: A Manifesto」(仮題:データ民主化のマニフェスト)」の著者で、ニューヨーク大学名誉教授のジュリア・レーン氏は大幅な予算削減は官僚にとって米統計システムを見直す機会になると指摘。同システムは複数の政府機関にまたがる分散型構造が非効率性を招き、現代的で一貫性のある構造への改革を妨げていると批判されてきており、改善策の一部は連邦政府の外から生まれる可能性があるとの見方を示す。
その一例が、州の失業統計や内国歳入庁(IRS)の納税データなど、収集が効率的かつコスト効果の高い行政記録の活用だ。
民間セクターも空白の一部を埋める役割を果たすことはできるが、専門家は国の基準となる連邦統計には及ばないと指摘している。米統計学会(ASA)のエグゼクティブディレクター、ロン・ワッサースタイン氏は「民間企業は自社の目的のためにデータを収集し、その費用を正当化するためにデータから利益を得る必要がある」と指摘。「正確で信頼性が高く偏りのないデータや報告を望むなら、民間セクターからは得られないだろう」と話した。
(原文は「ブルームバーグ・ビジネスウィーク」誌に掲載)
原題:Disappearing Data Is Collateral Damage of Trump Government Cuts (Correct)(抜粋)
--取材協力:Zahra Hirji、Jessica Nix、Lauren Rosenthal、Brian K. Sullivan、Skylar Woodhouse.もっと読むにはこちら bloomberg.co.jp
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