資本投入量の伸びが急速に低下した背景

そこで続いては、なぜ日本でここまで資本投入量の伸びが低下したのかについて考察する。ここについては、やはり90年代後半から資本投入量の寄与が急低下していることからもわかる通り、資産インフレによるバブルが崩壊し、マクロ安定化政策を誤ったことに伴うバランスシート不況が主因といえよう。特に、90年代後半に生じたデフレにより実質債務が上昇したことで、バランスシート改善のために設備投資の縮小が必要になったといえる。

図表3

そして、こうした投資の縮小が需要の低迷を誘発して価格転嫁が困難となる中、企業がコストカットによる収益改善を図る一方で、労働規制の緩和に伴い就業制約のある女性や高齢者の労働参加拡大により比較的低賃金な非正規労働者が増加し、結果として賃金の低迷が発生した。加えて、少子高齢化の進展を背景とした社会保障負担の継続的上昇が相まって、個人消費が低迷したことは重要な要素といえよう。

さらに、金融緩和の遅れなどにより円高水準が継続する中、生産拠点の空洞化が進むことで日本経済の輸入浸透度が高まり、結果として国内の設備投資がさらに低迷し、資本投入量の低迷が継続することとなった。そして、こうした個人消費の低迷と国内設備投資需要の減退といった企業によるコストカット中心の経営戦略が定着する中、企業の価格転嫁メカニズムが破壊され、消費者もデフレ期待が定着することで、家計のデフレマインドが定着するようになったといえよう。

以上の考察に基づけば、確かに日本の生産年齢人口が1996年、総人口が2009年にそれぞれ減少に転じたことが、多少なりとも企業の期待形成に影響を与えた可能性はあるが、潜在成長率の低下はマクロ的には資本投入量の低迷が主因であり、必ずしも人口減少という長期トレンドがデフレや潜在成長率低下の主因ではないといえよう。

失われた30年の脱却に必要な環境

失われた30年における日本経済は、海外投資による逆輸入品などの安い中間財を利用することで収益力を得て、主要先進国並みの労働生産性を維持してきた。その一方で、国内投資は減少し、実質賃金も減少する中でGDPは微増にとどまってきたことがある。

背景として、日本企業が安定した国際秩序の下で立地競争力が高い海外拠点を活用したコストカット型の経営を行ってきたことがある。結果として、国内市場が顧客数も物量も減少することで縮小するととらえて敬遠されてきた。このため、経常収支は所得収支を主因に黒字だが、国内投資需要が乏しく、海外投資収益は現地で再投資され、貿易サービス収支は赤字となっている。

図表4

こうした経常収支とコインの表裏関係にあるIS(貯蓄投資)バランスの面からみると、企業部門は貯蓄超過となり、政府が社会保障費の増加を中心とした財政赤字を通じて資金需要主体を担ってきたが、足元では貯蓄超過主体となっており、経済を支える力は弱まっている。結果として日本の経済・社会は変化を起こして成長するという状況に至っておらず、今後もこれまで同様の経済運営や企業経営が継続されれば、実質賃金や経済成長に大きな期待はできず、すでに一人当たりGDPが新興国にまで追いつかれるように、海外に比べて豊かではない状況が深刻化する可能性が高い。

図表5

さらに国民が貧しくなれば、経済的な資源やインフラ不足に加え、技術的発展の遅れなどが深刻化して、社会の安定性すら失われるとの見方もある。

しかし、こうした悲観シナリオを見通すだけでは、日本国民の挑戦を促し、豊かな社会を実現するのは難しいだろう。これまで見てきた通り、持続的成長に不可欠なのは、需要増加を通じて国内供給が強化されて、さらに需要が増えるという好循環であり、需要と供給の循環を結びつけるものは投資やイノベーションである。そしてそのためには、社会課題解決に貢献するなど将来役に立つ分野で需要を喚起するとともに、それを満たす供給側の投資やイノベーションが必要である。

もちろん、こうした好循環に裏打ちされた持続的な所得向上は、個人消費の拡大という国内需要喚起にもつながろう。このためには、政府が社会課題に対して一歩前に出て大規模で長期的な投資を民間に促すことで、国内投資とイノベーションと所得向上といった3つの好循環を加速させることが必要であろう。そして、国際経済秩序や人口動態の変化を正しく理解し、日本国民がその課題に挑戦していけば、人口減少下でも個々のニーズに対応した細やかなサービスが少ない人員で提供されることで一人一人の所得が増加し、国民生活がよりスムーズで心地よく新たなものに発展し、豊かな社会が実現する余地があるだろう。

<参考文献>経済産業省「経済産業政策新機軸部会第三次中間整理」(2024年6月)

(※情報提供、記事執筆:第一生命経済研究所 経済調査部 首席エコノミスト 永濱 利廣)