第二次世界大戦中だった83年前のきょう、旧日本軍が行ったオーストラリア北部ダーウィンへの大規模な空襲は、もうひとつの“パールハーバー”とも呼ばれています。現地で追悼式典が行われました。

記者
「こちらでは空襲が始まった時間に合わせたデモンストレーションが行われています」

日本時間のきょう午前、ダーウィンで行われた追悼式典では、オーストラリア軍の兵士が高射砲などを撃ち、当時の様子を再現しました。

1942年2月19日。旧日本軍は当時、連合軍の軍事拠点だったダーウィンの軍関連施設などを「零戦」など240機以上で空襲。民間人を含む少なくとも243人が死亡しました。

オーストラリア本土が他国から攻撃を受けたのはこれが初めてで、およそ2か月半前に行われたハワイの真珠湾攻撃をも凌ぐ激しい空爆だったことから、もうひとつの“パールハーバー”と呼ばれています。

式典では日本とオーストラリア両政府の代表や遺族らが、献花しました。

戦後80年、オーストラリアの若い世代でも、旧日本軍による空襲について知らない人が増えてきています。

地元の小学生
「ダーウィンの空襲は知っていたけど、誰が攻撃したのか知らなかった」
「攻撃した日本を許したのは良かったと思う。過去の出来事だから」
日本からの留学生
「こちらに来るまでは知りませんでした。もっと日本の学校で、歴史の授業で教えた方がいいなと思います」

戦後80年。安全保障の面でも緊密な協力関係にある両国。

参列者は、平和が続くよう願っていると話していました。