2月23日に前倒しの連邦議会選挙を控えるドイツでは、移民問題への対応を巡って論争が巻き起こっている。最近までの世論調査では、最大野党で中道右派のキリスト教民主同盟(CDU)とその姉妹政党であるキリスト教社会同盟(CSU)の統一会派(CDU/CSU)が30%前後の支持を固め、政権を奪還することが確実視されてきた。CDU/CSUを含めた主要政党は、二番手につける極右政党・ドイツのための選択肢(AfD)との連立や閣外協力を否定しており、現政権与党を率いる中道左派の社会党(SPD)と大連立を組むか、連立パートナーの環境政党・緑の党と黒緑連立を組むかが有力視されてきた。

波乱なしのまま終わるとみられた選挙戦は、1月22日に南部アシャッフェンブルクでアフガニスタン出身の男が幼児と男性を刃物で襲って殺害した事件の発生を受け、新たな展開を迎えている。容疑者は2022年にドイツに入国し、難民資格を得られなかったが、当局が強制送還をしなかったことで、ドイツ国内にとどまっていた。昨年12月には東部マクデブルクで、サウジアラビア出身の男が車でクリスマスマーケットに突っ込み、5人を殺害し、数十人を負傷させる事件も発生していた。外国出身者による相次ぐ暴力事件の発生を受け、ドイツでは移民・難民規制の強化を支持する声が高まっていた。

選挙戦でリードするCDUのメルツ党首はこうした世論の動向を汲み取り、AfDへの支持拡大を食い止めるため、1月24日に移民・難民規制を強化する動議を連邦議会に提出したが、その際に「AfDに対して動議の支持を求めることはしないが、支持するのであればそれを喜んで受け入れる」趣旨の発言をし、物議を醸した。有効な書類を持たない移民の入国阻止や国外退去命令対象者の無期限収容などを盛り込んだ決議は、1月29日にAfDが支持に回り、賛成348・反対345の僅差で可決した。動議に法的拘束力はないが、極右勢力とは協力しないドイツ政治の長年の「防火壁」を破るもので、ショルツ首相を始めとした左派勢力からは歴史の教訓を忘れたと非難された。2021年の政界引退後は政治的発言を避けてきたメルケル前首相も、「AfDが連邦議会の投票で決定的な役割を果たすことを防ぐとのメルツ党首が過去に交わした合意を破棄したことは間違っている」との声明を発表し、かつて自身が率いた政党に異例の介入をした。

こうした批判にもかかわらず、メルツ氏は法的拘束力のある移民・難民規制を強化する改正法案を議会に提出。メルツ氏は議会で「政府は移民政策のコントロールを失っており、主流派政党は誰が法案を支持しようとも行動する必要がある」と主張し、自身の決定を擁護した。1月31日に行われた法案採決では、AfDが支持に回ったものの、メルケル前首相に近いCDU・CSU内の穏健派や競争力強化を優先すべきと考える党青年部の若手議員など12名が投票を棄権した結果、賛成338・反対350の反対多数で否決された。総選挙を前に移民問題で保守票の支持を固めようとしたが、その賭けは失敗に終わった。投票が行われた1月29日以降を調査期間に含む5つの世論調査のうち、3つでCDU・CSUの支持率が1ポイント悪化し、残り2つで1ポイント上昇と区々で、今のところCDU・CSUの支持率に大きな変化はみられない。他方で、AfDの支持率は3つの世論調査で横這いながら、2つの世論調査で明確に上昇している(2ポイントと4ポイント)。移民問題を争点化したことが、AfDの追い風になっている可能性があり、今後の世論調査の変化に注意が必要だ。

(※情報提供、記事執筆:第一生命経済研究所 経済調査部 首席エコノミスト(グローバルヘッド) 田中 理)