台湾では、昨年実施された総統選において民進党から出馬した頼清徳氏が勝利する一方、同時に実施された立法院総選挙では民進党が大幅に議席を減らし、最大野党である国民党が第1党になるとともに、『第3局』を謳う民衆党が国民党と連立を組む形で多数派を形成した。結果、立法院長(議長)には国民党の韓国瑜氏が、副院長(副議長)にも国民党の江啓臣氏(前党主席)が選出されるなど、政府と議会は完全な『ねじれ状態』となっている。こうしたことから、政策運営を巡ってしばしば立法院との間で対立する場面がみられるほか、なかでも外交政策では中国本土との関係について民進党と、国民党・民衆党の立場が大きく異なることも影響して対立してきた。

中国本土においては、2022年に開催した共産党大会(中国共産党第20回全国代表大会)で党規約に「台独(台湾独立)に断固として反対し抑え込む」との文言を盛り込み、習近平国家主席(党総書記)は昨年末にも「台湾統一という歴史的な流れを止めることはできない」と述べるなど、その野心を隠さない考えを示している。

台湾問題を巡っては、米国のバイデン前大統領は台湾の独立を支持しないとしつつ、仮に中国本土が侵攻した場合には戦力の使用を排除しないと述べるなど、歴代政権に比べて『前のめり』の姿勢をみせてきた。他方、トランプ現大統領は中国本土に対して追加関税などを通じたけん制により『ディール(取引)』を求める姿勢をみせる一方、台湾支援の前提として台湾にも防衛予算の大幅な拡充を要求する『自助』を促す考えを示してきた。こうしたことから、頼政権はトランプ政権の発足を前に、対米協調姿勢をアピールすべく防衛予算を引き続き拡充して防衛力を強化する考えを示すとともに、今年度予算案にも防衛予算を大幅に盛り込む方針を示してきた。

しかし、上述のように政府と議会がねじれ状態となるなか、野党は政府の方針に真っ向から反発するとともに、審議そのものを見送る議案を可決して空転する展開が続いてきた。さらに、昨年末には野党が中心となる形で防衛予算を含むすべての歳出を対象に削減を義務付ける法案を可決し、この内容に従えば防衛予算が最大で3割近く削減する必要が生じるなど、上述のように米トランプ政権が台湾に防衛予算の拡充を求める流れに逆行する懸念が高まった。年明け以降も立法院は部会(省庁)ごとに歳出規模を削減する方向で審議を継続したほか、その過程で審議が紛糾する場面がみられたものの、最終的に21日に予算が成立した。なお、昨年8月に頼政権が提出した当初予算案では歳出規模を3.1325兆台湾ドルとしていたものの、立法院が承認した予算では2.9248兆台湾ドルと▲6.6%と大幅に削減されるとともに、削減額(2,075億台湾ドル)も過去最大規模となる。防衛予算を巡っても、当初予算案の段階では6,470億台湾ドルと過去最大とするとともに、GDP比で3%とするなど昨年度(同2.45%)から比率を引き上げることを模索していたものの、全体としての予算規模の削減と同率で引き下げられる格好となった。

さらに、台湾が自前で進めている潜水艦の建造計画を巡っても、予算の約半分に当たる100億台湾ドルについては立法院が計画を審査し、承認した後に予算執行が可能となるなど事実上の『凍結』状態となる。国産でのドローン生産の中核を担うとされる航空宇宙パーク関連の予算も半分が凍結されるほか、広報予算は約6割、軍事機器関連の支出も3%程度削減されるとともに、国防部の事業費も約3割が凍結されることで米軍をはじめとする軍事演習のほか、交流機会が制限されるなど幅広い軍事活動に制約が掛かることは必至とみられる。

立法院による一連の決定は、平和裏な形での台湾統一を目論む中国本土にとって『渡りに船』となる一方、米トランプ政権には上述のように台湾の自助を求めてきたなかで台湾への圧力を強める可能性がある。また、米トランプ政権は頼政権に対して防衛予算の拡充を求めて、関税などを通じたディールを持ち掛けることも予想される一方、中国本土との対話を重視する国民党や民衆党が多数派を占める立法院は米国のそうした対応に反発を強めることも考えられる。仮にそうした事態に発展すれば、米トランプ政権は台湾問題に対するコミットメントそのものを弱める可能性も考えられるほか、この問題は地理的に台湾と近い日本にも決して『対岸の火事』と呼べる状況でないことを認識する必要がある。

(※情報提供、記事執筆:第一生命経済研究所 経済調査部 主席エコノミスト 西濵徹)