急拡大するベトナムでの製造業生産とそのキャパシティのリスク
もっとも、ベトナムにはリスクもある。とくに懸念されるのが、急激に生産が拡大することにより、様々なキャパシティ(許容量)が予想外に早く限界を迎える可能性である。第二次トランプ政権が対中包囲網を急速に強めることになれば、中国からベトナムに生産拠点を移す企業が急激に増えることが予想される。ベトナムは人口約1億人・国土面積約33万㎢と、同約14億人・約960万㎢の中国と比較して労働や資本などリソースの規模が小さく、急増する企業移転を迎え入れるのに十分なキャパシティを持ちうるのか、という懸念がある。とくに以下3点が制約になるリスクが想定される。
第一に、労働力不足の可能性である。ベトナムでは人口増加が続いているものの、その伸び率は鈍化してきている。背景には、ベトナム政府が1961年以降に開始した「家族計画政策」、1988年から始まった「二人っ子政策」がある。政府は近年、これらの政策を見直し、人口規模の維持を図っているものの、生産年齢人口の減速とそれに伴う労働力不足が急激な生産拡大の障害になる恐れがある。これまでベトナムでは労働集約的産業の集積が進み、安価な労働力を魅力としていたが、今後、生産年齢人口が伸び悩むなかでは、工場での自動化など生産性を高める取り組みが急務となる。
第二に、電力供給の問題である。ベトナムの発電能力は近隣諸国と比較して低位にとどまっており、生産移転の急増による電力需給のひっ迫が大きなリスクとなり得る。発電量が降雨量に左右される水力発電に強く依存していることや、電力インフラ開発計画の整備が遅れていることなどが、先々の電力不足につながる可能性がある。実際、2022年と23年の夏場に、北部を中心に電力需給がひっ迫したことを受け、工場の停止が発生した。計画策定の遅れによって代替電源の開発も進んでいない。政府は、電力が豊富な南部とインフラが脆弱な北部をつなぐ送電網の整備を目指しているほか、2023年12月に「公正なエネルギー移行パートナーシップ」の資金動員計画を公表しており、日本や米国等からの支援も受けながら、再生可能エネルギーの利用を拡大させ、電力不足を回避する方針である。もっとも、生産移転が加速するなかでは、短期間で電力問題を十分に解消することは難しいと見込まれる。

第三に、輸出の急増による貿易不均衡の拡大である。ベトナム経済の輸出依存度(輸出額対GDP比)は強まっており、輸出額はGDP比で8~9割まで上昇している。

これは国内経済の成長以上に速いペースで輸出が拡大していることを示しており、貿易黒字の拡大により他国との摩擦が強まっている。すでに米国は、2024年11 月に公表された財務省為替報告書にて、ベトナムを為替操作監視リストに入れるなど、警戒を強めている。今後も輸出が大きく伸びていくことになれば、米国は通商面でベトナムへの圧力を一段と強める可能性があり、対米輸出が制約される可能性がある。

実際、第一次トランプ政権下での関税引き上げ後も、中国からベトナムなどを経由した米国への迂回輸出が問題となった。米国政府はこうした迂回貿易のチェックを強化しているが、ベトナムからの輸出が急拡大することで、それが厳しくなり、関連した輸入品に追加関税が課されやすくなる可能性がある。