(ブルームバーグ):米大統領経験者で最も裕福な人物はドナルド・トランプ氏だ。大統領退任後も同氏の広大なビジネス帝国は拡大を続けていた。
大統領職への返り咲きが決まったトランプ氏は、政権1期目(2017-21年)同様に権力のある地位に他の資産家を多く任命している。
政府で働く人々にとって、多額の金融資産を保有することは利益相反の可能性があるため、米国の倫理法では資産の開示を義務付け、多くの場合、資産を処分するよう求めている。
トランプ氏を取り巻く富豪が政権入りする場合、巨額の保有資産売却につながる可能性もある。
第1次政権ではルールを完全に順守しなかったとして倫理違反を指摘された資産家もいた。トランプ氏も自身の資産から距離を置くというそれまでの大統領が守ってきた慣例に従わなかったとして批判された。
トランプ氏がホワイトハウスに戻ることで再び利益相反が問題となる中、連邦倫理規定について知っておくべきこと、そしてそれが来年1月20日に発足する新政権にどのような影響を与える可能性があるかについて見てみたい。
トランプ氏の潜在的な利益相反とは
トランプ氏のビジネス帝国は、長年にわたり不動産に重点を置いてきた。同氏の企業は、高層ビルやリゾート地に高級コンドミニアムを建設し販売している。インドやアラブ首長国連邦、インドネシアなど各国で「トランプ」の名を冠したホテルが幾つもある。
トランプ氏は21年に大統領を退くと、デジタル資産市場に参入し、自らの肖像を入れた非代替姓トークンを発行し、暗号資産(仮想通貨)で少なくとも100万ドル(約1億5400万円)相当を集めた。
また、自身のソーシャルメディア「トゥルース・ソーシャル」を所有するトランプ・メディア・アンド・テクノロジー・グループを設立し、特別買収目的会社(SPAC)との合併を経て今年前半に株式公開した。ブルームバーグ・ビリオネア指数によれば、トランプ氏の資産は現在61億ドルと推定されている。
トランプ氏の所有資産は、規制緩和を求める企業や政府系ファンド(SWF)、富裕層など、米政府に影響力を持ちたいと考える事業体や個人に同氏とビジネスを行う機会を与える。
それは、トランプ氏が、大統領としてではなく大富豪として何が最善かを考慮して意思決定を行っているのではないかという疑問を提起する。

大統領に影響を与えるルールとはどのようなものか
利益相反に関する米国の法律は、大統領にも一部が適用されるが、そうでないものもある。
例えば、大統領が賄賂を受け取ったり、自身の会社に有利な政府契約を結んだりしたなど関連する刑事法規に違反した場合、大統領は責任を問われる可能性がある(ただし、契約の授与に関する決定は通常、大統領執務室では行われない)。
司法省は現職の大統領を起訴しない方針を採用しているが、議会には弾劾手続きを通じ大統領や副大統領、その他の連邦高官に責任を問う権限がある。
大統領は他の政府高官と同様に1978年の「政府倫理法」により、すべての収入源と資産、負債を記載した年次のディスクロージャー(情報公開)書類を提出する義務を負っている。
項目ごとに金額を記入する必要があり、その金額は主に500万ドルから2500万ドルというような幅のある範囲で指定されている。給与や管理費、ライセンス料、パートナーシップ分配金などの収入は正確な額を報告しなければならない。
ウォーターゲート事件よりニクソン大統領(当時)が74年に辞任に追い込まれたことを受け制定されたこの法律は、政府内の利益相反を制限することを目的としており、政府高官に金銭的利益に関する透明性を義務付けることによって、その目的の一部を達成しようとしている。
ただ、政府倫理法は、大統領と副大統領、連邦議会議員に対し、その職務上の決定が業務に影響を与える可能性がある企業への投資を売却または譲渡することは義務付けていない。
同法成立以来、トランプ氏に至るまでの歴代大統領は、保有資産を独立した受託者が管理し、その運用方法を受益者に開示しない白紙委任信託に譲渡するか、あるいは資産運用を同法の適用除外となる投資信託などに限定するかなどしてきた。
トランプ氏は1期目の大統領在任中、これらのいずれの選択肢も採用しなかったことで批判された。
倫理上の懸念に対するトランプ氏の姿勢はどのようなものか
2016年の大統領選後、トランプ氏の弁護士は同氏のビジネス業務を処理するための信託を設定した。だが、信託は独立した受託者ではなく、トランプ氏の息子たちやトランプ・オーガニゼーションの幹部によって管理された。
信託の規定には、トランプ氏に関わる潜在的な利益相反を緩和するための措置が幾つか盛り込まれ、海外での新規事業取得を禁止する内容も含まれていた。それでも政府倫理の専門家は、この取り決めは歴代の大統領が定めた基準を満たしていないと指摘した。

17年1月20日にトランプ氏が就任宣誓を行う9日前、めったにニュースの見出しにならない政府倫理局(OGE)がこの状況に警鐘を鳴らした。
当時のシャウブOGE局長はブルッキングズ研究所で、トランプ氏が自身の帝国を維持する決定をしたことを批判。シャウブ氏が公の場で発言するのは異例だった。
「OGEの主な勧告は、トランプ氏が相反する金銭的利益を放棄することだ」とシャウブ氏はその日述べた。「利益の放棄以外に、これらの利益相反を解決する方法はない」と主張し、トランプ氏は自身の会社をすべて売却し、その資金を白紙委任信託に預けるか、または売却益をさまざまな投信に分散投資すべきだと求めた。しかし、同氏の勧告は聞き入れられなかった。
トランプ氏は、2度目の大統領就任時に自身のビジネス帝国をどう処理するつもりなのか、まだ発表していない。だだ、弁護士が前回主張した「帝国を保持するよりも手放した方が倫理的な問題を引き起こす」という意見から、トランプ氏が今回、投資資産の売却を受け入れる可能性は低いと思われる。
大統領選の投票日から大統領就任式までは約11週間しかなく、不動産やオフィスビル、そして破棄が難しいとみられるライセンス契約や管理契約などを含むビジネス帝国を清算するには信じられないほど短期間だ。
大統領が起用する閣僚らに関するルールは
大統領は資産を保有し続けることを選択できるが、高位の役職に任命された者には一般的にそうした許可は与えられない。
連邦倫理法の焦点は、選挙で選ばれた公職者を含む連邦職員が自分自身のためにその地位を利用することを防ぐことで、資産売却はその動機を取り除くためのものだ。
新たに公職に就いた場合、潜在的な利益相反を排除する計画を立て、通常90日以内にそれを実行しなければならない。上院の承認が必要な閣僚らは、処分する資産のリストと処分時期が記載された倫理合意書に署名する。
違反に対する罰則はどのようなものか
OGEに強制力はないが、虚偽の情報を故意に提出したり、開示から関連情報を意図的に省いたりした高官に対しては、司法長官が民事訴訟を起こすことが可能。
その場合の罰金最高額は5万ドル。連邦検察官は虚偽の報告書を提出した個人を刑事告発することもでき、有罪判決を受けた場合は最高1年の実刑判決が下される可能性がある。
高官が資産売却を拒否した場合、刑事上の利益相反法規に違反したかどうかの調査の対象となる公算が大きい。保有資産に影響を与える公務に関与した場合、最高で5年の禁錮刑に処され得る。
マスク氏は自分の会社を売却しなければならないのか
簡単に言えば、答えはノーだ。トランプ氏は電気自動車(EV)メーカーのテスラなどを率いるイーロン・マスク氏と起業家のビベック・ラマスワミ氏を新設する「政府効率化省(DOGE)」のトップに指名。DOGEは政府外で活動し、歳出削減と規制緩和を助言する機関となる。
トランプ氏はこの取り組みを発表する際、明確にしなかったが、この2人が率いる連邦諮問委員会を設立するもようだ。こうした委員会は、政府が民間セクターの専門知識を活用するためのもので、委員会の委員は特別政府職員と呼ばれ、年130日まで政府のために働くことができる。
これらの役職に就く個人は、事業上の利益を手放す必要はない。連邦倫理当局に財務上の利害関係を報告する義務はあるが、一般的にディスクロージャーは不要だ。
これらの役職には、刑事上の利益相反に関する法令が適用される。例えば、マスク氏は自身が経営トップの宇宙開発企業スペースXが政府と契約するかどうかなど、特定の金銭的利益を有する事項に関する議論や決定に関与できない。
しかし、より一般的な審議、例えば税制や貿易政策など、決定の影響がより広範囲に及ぶ事項については、参加可能だ。
資産売却が迫られる可能性がある閣僚は誰か
資産家を政権の要職に起用する大統領はトランプ氏だけではないが、同氏を際立たせているのは、その人数の多さだ。2期目の政権に向け指名した閣僚候補らは以下の通り。
- 財務長官のスコット・ベッセント氏は、政治的または経済的な出来事による市場の大幅な相場変動から利益を得ることを目的としたマクロヘッジファンド、キー・スクエア・グループの創業者
- 商務長官のハワード・ラトニック氏は政府や大手銀行を顧客に持つグローバル金融企業で株式非公開のキャンターフィッツジェラルドのパートナー。証券会社BGCグループと不動産会社ニューマーク・グループの株式も保有している。両社は上場企業だ
- 内務長官のバーガム・ノースダコタ州知事はベンチャーキャピタルファンドや商業用不動産、映画制作会社に投資している。大統領候補として提出した財務ディスクロージャー報告が示した
- 教育長官のリンダ・マクマホン氏はプロレス団体ワールド・レスリング・エンターテインメント(WWE)の共同創業者。同氏は第1次トランプ政権で中小企業庁長官を務めていた際、300以上の保有資産を公開しており、また、WWEの株式を現在も持っている
- エネルギー長官のクリス・ライト氏は油田サービス会社リバティー・エナジーの株式を保有しており、同氏の持ち分は4000万ドル以上の価値がある
- 厚生省傘下で公的医療保険を管轄するメディケア・メディケイド・サービスセンター(CMS)トップに指名されたメフメト・オズ氏は、テレビ出演で知られるセレブ医師。22年にペンシルベニア州から上院議員選に出馬し落選したが、その際、同氏は少なくとも1億400万ドルの資産を申告。その中には、自身のテレビプロダクションやアマゾン・ドット・コム、アルファベット、マイクロソフトなどへの投資が含まれていた
原題:How Conflict of Interest Rules Impact Trump, Nominees: QuickTake(抜粋)
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