わずか3カ月前、セブン&アイ・ホールディングス創業者の息子で、同社の副社長でもある伊藤順朗氏は、投資家に対して同社の魅力をアピールしていた。

株式新聞のユーチューブ動画に登場した順朗氏は、グローバル展開へのビジョンなどを説明しながら「皆さまにも株主になっていただいて、私どもの成長をぜひ一緒になって見守っていただきたいし、励ましをいただければと思っている」と訴えかけた。

伊藤順朗氏(2017年)

その後8月下旬に、カナダのアリマンタシォン・クシュタールによる買収提案が判明し、セブン&アイを取り巻く環境は一変。伊藤氏も考えを変えたようだ。伊藤一族は伊藤忠商事と組み、総額9兆円で全株式を買い取るMBO(経営陣が参加する買収)を急ピッチで準備。セブン&アイに法的拘束力がない買収提案をしたことが13日に明らかになった。

MBO計画は、順朗氏の姉である山本尚子氏の後押しによるものだと、事情に詳しい関係者は話す。山本氏はセブン&アイの役員に名を連ねてはいないが、伊藤家の資産管理会社である伊藤興業の取締役として影響力を持っている。

100年の伝統

7兆円超のクシュタールの提案を受け入れれば、伊藤一族には巨額の利益がもたらされる可能性がある。ただ同時に一族が持つ事業への影響力に加え、源流である洋品店「羊華堂」の開店から100年超続いてきた伝統を絶やすことにもなる。

「伊藤家は日本企業であろうが外国企業であろうが、事業が第三者の手に渡ることを避けたいと考えている」。調査会社のジャパンコンスーミングの創業者であるマイケル・コーストン氏はこのような見方を示した。

セブン&アイは、同社の特別委員会が潜在的な株主価値実現のための全ての選択肢を客観的に検討しているとコメントした。順朗氏はコメントを控えた。山本氏に接触を試みたものの連絡がつかなかった。

セブン&アイに対するクシュタールの買収提案は、日本政府が進めてきた合併・買収(M&A)施策が企業に浸透しているかどうかの試金石としても注目を集めている。仮にセブン&アイがMBOを受け入れれば、伊藤家、伊藤忠、そして日本の大手銀行による協調的な対抗策として記憶に刻まれるだろう。

一族の顔ぶれ

MBOにはばく大な資金が必要になるが、ブルームバーグの「ビリオネア指数」によると、伊藤家の資産は約48億ドル(約7400億円)と推定されている。

一族の何人かはセブン&アイとの関わりを持つ。順朗氏は学習院大学を卒業後、1990年にセブン-イレブン・ジャパンに入社した。2009年にセブン&アイの取締役執行役員に就き、5月から副社長を務める。

順朗氏の兄である裕久氏は、イトーヨーカ堂の専務まで上り詰めたが、00年代の初めに退職したようだ。現在は麗澤大学の客員教授であり、伊藤謝恩育英財団の評議員も務める。伊藤興業の取締役でもある。

裕久氏の息子である弘雅氏は、コンサルティング会社やヨークベニマルなどでの勤務を経た後、現在はイトーヨーカ堂で取締役執行役員を務める。

クシュタールの買収提案に対して創業家は静観せず、MBO提案という対抗策を講じ、一族とセブン&アイの関係性は変わり目を迎えた。仮にクシュタールが買収提案を撤回した場合でも、創業家によるMBOが実行されるのか。今後の焦点となりそうだ。

--取材協力:鈴木英樹.

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