トランプ再選なら景気は不安定化

仮に、トランプ候補が再選される場合、景気は不安定な動きとなると予想する。米国の実質 GDP成長率は 2025年に1.5%へ減速した後、 2026年に2.3%に高まる見込みである。 2025年に実施される関税引き上げが景気を減速させる一方、2026年に実施される大規模な減税がそ うした負の影響を相殺し、景気を押し上げる構図となる。

トランプ政策では、供給を阻害する政策と需要を押し上げる政策がともに盛り込まれており、インフレが進むもとで景気は上下双方に揺れ動くと考えられる。供給を阻害する主要な政策として関 税の引き上げが挙げられる。トランプ候補は、中国への関税を 60%に引き上げるほか、ユニバーサ ル・ベースライン関税を導入し、すべての国の製品に 10~20%の関税を課すと主張している。このほか、メキシコからの輸入車に必要なら200%の関税をかけるとの考えも表明している。

関税政策のうち、図表4と6の見通しでは、対中関税 60%への引き上げのみを織り込んでいる。 この政策は大統領権限で実行可能とみられることから、2025年中と比較的早期に実行されると仮定している。対中関税の引き上げにより米国の平均関税率は現行の 2.2%から 7.5%と、前回在任時の 2018~19 年の引き上げ幅を大きく上回る見通しである。これにより中国製品の輸入価格 が上昇し、消費者物価は2025年に0.8%、2026年に0.5%ほど押し上げられるとみる。 物価上昇による家計の購買力低下で、実質GDP成長率は2025 年に▲0.3%、2026 年に▲0.5%ほど押し下げられると予想する。物価上昇を受けて政策金利は 2026 年末にかけて4%台と高止まりする。実質金利も上昇し、実質GDP成長率を押し下げる。

こうした関税による景気下押し圧力は、遅れて発現する減税による押し上げ効果で打ち消されると予想する。トランプ候補は前政権時に導入した「トランプ減税」をすべての家計を対象に延長するほか、社会保障給付、残業代、チップ収入といった種々の所得も非課税とする案を打ち出してい る。また、国内で生産活動している製造業を対象に、法人税率を21%から15%に引き下げるとしている。

これらの減税は2025年末までに議会を通過し、2026年から実施されると仮定している。減税は景気を大きく浮揚させるとみる。「責任ある連邦予算委員会」の試算によると、トランプ候補が掲げる減税政策は今後10年間で財政赤字額を10.2兆ドル押し上げる。これにより実質GDP成長率は、2026年に1.5%ポイント押し上げられると見込む。トランプ減税の延長による押し上げ分は 0.9%ポイントにのぼり、ハリス政策と同様、「財政の崖」は回避される。減税対象に高所得者 層も含まれる分、延長による景気押し上げ効果はハリス政策よりも大きい。減税延長以外の財政政策も成長率を0.6%ポイント押し上げる。

以上の見通しは、トランプ候補や議会が関税引き上げの範囲をどこまで広げるかによって大きく変わりうる。上記の見通しでは、トランプ政策のなかでも最も影響が大きいユニバーサル・ベースライン関税は実施されないと想定している。同関税は対中関税と異なり、議会の承認を得る必要が あるとみられるほか、実施される場合の米国民への痛みも大きく、法案成立までのハードルは高い。 民主党ではハリス候補がこの関税の導入に否定的な見解を示しているほか、自由主義を標榜する一部の共和党員からも反対される可能性がある。

もっとも、仮にユニバーサル・ベースライン関税が導入され、一律10~20%の関税が課されると、 平均関税率は20%台へと跳ね上がり、大幅な物価上昇を通じて景気は後退に陥ると考えられる。試 算によれば、実質GDP成長率は追加的に▲0.6~1.2%ポイント押し下げられ、1%台へ低下する 可能性もある。そのため、図表4の経済見通しには、強い下振れリスクを内包している点に注意が必要である。

上記以外の政策として、トランプ候補はこれ までの環境・エネルギー政策を転換し、EVなど新エネルギー製品の生産・購入支援を打ち切 ることなどが予想されるが、その政策効果は不透明であり、見通しには織り込んでいない。また、旧来型のエネルギー産業の規制緩和などで資源価格が下落する可能性もあり、その場合、 インフレ率が低下する可能性もある。一方、不法移民の強制送還といった移民排斥政策が、労働需給のひっ迫を通じてインフレ率を押し上げる可能性もある。