(ブルームバーグ):大谷翔平選手は昨年のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)決勝で米国と対戦する際、チームメートに対しメジャーリーガーに憧れを抱くのを1日だけやめようと呼びかけ、「憧れてしまっては超えられない」と言った。そのアドバイスが功を奏し、「二刀流」の大谷は9回に投手として登板し、日本を優勝に導いた。
今や立場は逆転し、野球界は大谷をアイドルのように扱っている。ロサンゼルス・ドジャースがプレーオフを勝ち進むかどうかにかかわらず、大谷はすでにメジャーリーグの単一ゲームで史上最高の個人成績を残し、最高のシーズンも達成したとも言われている。
スポーツジャーナリズムは、大谷をたたえる最上級の表現を尽くしている。大谷の圧倒的な活躍ぶりに、「ベースボールフィールドに足を踏み入れた最も才能ある選手」とか「子ライオンと遊ぶライオン」といった異名が付けられている。
大谷は1シーズンで50本塁打・50盗塁を達成した史上初のメジャーリーガーとなった。 その才能の半分しか生かしていないにもかかわらず、これだけのことを成し遂げたのだ。
肘の手術を受けた大谷は今シーズン、マウンドに立つことなかった。しかし、関西大学の宮本勝浩名誉教授によると、チケット販売やその他の収入により、今シーズンだけで1170億円近い経済効果をもたらしているという。
ドジャースでの初シーズンとなった2024年、大谷は結婚したと自ら発表。友人だった水原一平元通訳は、ギャンブルの借金を返済するために大谷から数百万ドルを盗んだ罪を認めた。このスキャンダルは一瞬、大谷を押しつぶしそうになったが、揺るぎない自信の証しとして、大谷はより強くなったように見える。
大谷の成功は、単に並外れた才能や一生に一度しか目にすることができない特別な話ということではない。それはまた、日本がよみがえった物語でもある。私が初めて日本を訪れた03年、国内メディアは国技である相撲の主導権を日本人力士が失いつつあることを憂慮していた。
その年、貴乃花が引退し、日本人の横綱はいなくなった。外国出身力士が台頭し始め、モンゴル出身の朝青龍と白鵬はその後何年にもわたって相撲界の頂点に立ち、次の日本人横綱が誕生するまでさらに15年を要した。
当時、日本人選手が米国の野球界を席巻するなどと予測した人はほとんどいなかっただろう。そして、大谷は、期待以上の活躍を見せている日本人のアスリート世代を代表しているに過ぎない。
今年のパリ五輪で日本は海外開催の五輪としては過去最多のメダルを獲得。体操やフェンシングから、ブレイキンやスケートボードなどの新しい競技に至るまで、計20個の金メダルは米国と中国に次ぐ世界3位だ。
陸上競技のやり投げで金メダルを獲得した北口榛花は、女子陸上フィールド種目で日本初の金メダリストとなった。1996年のアトランタ五輪で日本の金メダルは、柔道で獲得した3個だけだったことを踏まえると、驚くべき変貌だ。

テニス界のスターでファッションでも注目を集める大坂なおみやゴルフの松山英樹ら日本人選手の活躍は世界に広がっている。ボクシングの井上尚弥は2階級で主要4団体統一戦を制し、世界最強の選手として頻繁にランキングに載る。
欧州のトップリーグで活躍する日本人サッカー選手も増えている。サッカー日本代表も、前回のワールドカップで強豪のドイツとスペインを破り、最近では中国を7対0で下した。少子化が叫ばれ、40年以上も子どもの数が毎年減少しているにもかかわらず、このようなことが起きているのは何とも不可解だ。
ゆとり世代
簡単に説明するのは難しそうだ。経済回復の兆しである可能性もある。TSロンバードのエコノミスト、ローリー・グリーン氏は2000年代以前の日本は「失われた数十年」に相当する五輪を経験していたと分析。
同氏は、日本経済の回復に伴い、国内スポーツ予算が過去20年間で経済成長率をはるかに上回る200%近く増加したと指摘する。この投資は、アトランタ五輪での期待外れの成績をきっかけに、2000年に政府が策定した計画に由来するもので、ナショナルトレーニングセンターなど選手を育成する施設の誕生につながった。
しかし、日本経済研究センターの斎藤潤氏は、経済力だけでは五輪のメダル獲得数を説明できないとみている。英語力が相対的に低いにもかかわらず、ユーチューブやその他のオンラインリソースが、新しいアイデアやトレーニング技術を若者たちに広めるのに役立っているという意見もある。
ウエートトレーニングは、アマチュアの野球選手が現在力を入れている分野の一つだ。かつては線が細かった大谷が、筋肉隆々の体をつくるためウエートトレーニングを重視していたことは有名だ。
一昔前は精神力を鍛えるとし練習中の水分摂取を禁じたスポーツ指導者もいた。こうした時代遅れの手法に代わる現代的な戦略の採用も進んでいることも、プラスに働いている。
メンタルヘルスやイメージトレーニングにも、より重点が置かれるようになっており、大谷が高校時代に監督の指導で目標とそれを達成するためのステップを盛り込んだ「まんだらチャート」を作成していたのはよく知られている。
パリ五輪では以前と比べ、多くの選手がはるかにリラックスし、プレッシャーを感じていないように見えた。国際化の進展も一つの要因であることは間違いない。海外から一流のテクニックを持つコーチが来日し、男子ラグビーチームを最上位クラスに押し上げた例もある。
大坂やロサンゼルス・レイカーズの八村塁のように、両親のどちらかが外国人の選手が増えているのは、偶然ではないだろう。単に世代交代が進んだという側面もある。現在の選手たちは、上の世代が抱えていたトラウマに縛られることなく、伸び伸びとプレーしている。
1993年生まれの井上と、94年生まれの大谷はいわゆる「ゆとり世代」だ。彼らにはロールモデルもいた。小学生だった大谷は、メジャーリーグで活躍するイチローや松井秀喜を目にしていた。14歳でパリ五輪の金メダリストとなったスケボーの吉沢恋は、2021年の東京五輪で13歳だった西矢椛が同じ偉業を達成したことに刺激を受けた。
これらの要因が組み合わさり、大谷がより可能性の高い存在となっているのかもしれない。しかし、恐らく大谷をうまく説明できるものは何もないだろう。
数年前、日本のテレビ番組がまだ高校生だった大谷が記した「人生設計ノート」を伝えたが、そこにはメジャーリーグへの移籍やWBC優勝などが書き込まれていた。大谷はそのすべてを達成したわけではない。26歳までにワールドシリーズで優勝するという目標もあったが、今30歳の大谷はそれに近づいている。
関連コラム:
- 【コラム】WBC制覇、日本はソフトパワーで勝ち抜け-リーディー
- 【コラム】失われた30年が変えた日本、進化し次の時代へ-リーディー
- 【コラム】翔平からゼルダまで、目覚め始めたIP大国-リーディー
(リーディー・ガロウド氏はブルームバーグ・オピニオンのコラムニストで、日本と韓国、北朝鮮を担当しています。以前は北アジアのブレーキングニュースチームを率い、東京支局の副支局長でした。このコラムの内容は必ずしも編集部やブルームバーグ・エル・ピー、オーナーらの意見を反映するものではありません)
原題:What Shohei Ohtani’s Baseball Says About Japan: Gearoid Reidy(抜粋)
コラムについてのコムニストへの問い合わせ先:東京 リーディー・ガロウド greidy1@bloomberg.netコラムについてのエディターへの問い合わせ先:Joi Preciphs jpreciphs1@bloomberg.net
もっと読むにはこちら bloomberg.co.jp
©2024 Bloomberg L.P.