幼い頃に東日本大震災 一時避難も
そんな大栄選手ですが、高校では、同級生と楽しそうに学ぶ高校3年生。残りわずかになった高校生活を満喫している様子でした。

石川義塾中、学法石川と6年間、親元を離れ、石川町で学生生活を送りましたが、幼いころ、いわき市で東日本大震災を経験し、一時、茨城の親戚の家に避難したこともあったといいます。
大栄選手「津波は自分の家のところまでは来なかったんですけど、ずっと小さいころから遊んでいた海岸の水がこの(住んでいた)地域の方まで流れてきて、一時期は海もちょっと怖くなりました」

東北復興のシンボルでもある楽天イーグルスに入団した大栄選手。授業のあと、その姿は3年間慣れ親しんだ坂道にありました。高校から数キロ離れた坂の上には、野球部の室内練習場と寮があります。大学に進学予定のほかの3年生とともに、野球部の練習に参加していました。

1年の秋から4番をつとめ、2年の秋には投手として躍動。学法石川は春のセンバツ出場を勝ち取りますが、その後、試練を経験します。センバツ大会の直前、自転車での登校途中に風に煽られ、大きなけがをしてしまい、唯一の甲子園は代打での1打席でした。
大栄選手「けががあったからこそ、自分に向き合える時間っていうのが多くありましたし、野球に向き合う姿勢だったりとか、そういう部分はけがをする前と後では全然変わったのかなと自分の中では思っています」
多くの経験を積んでプロへの切符をつかんだ教え子を3年間、指導してきた学法石川の佐々木順一朗監督は、大栄選手ならではの強さを感じたといいます。
佐々木監督「努力を惜しまない子で、その辺は野球部もみんな知っているんじゃないかと。努力する姿でみんなを引っ張てくれる子だった」
チームを引っ張り、まわりも明るくするその笑顔と躍動する姿は、チーム全体に力を与える彼の大きな魅力です。
大栄選手「一番は応援される選手というところを目指していきたいと思うんですけど、そして技術面では打てるキャッチャーというところを目指しながらキャッチャーで首位打者を取るっていうところを目指して頑張っていきたいなと思っています」













