特集は復興の現在地。
東日本大震災直後に始まった宮城県南三陸町の海産物などを販売する「福興市」が29日、100回目を迎えました。
震災発生から11年余りで迎えた節目の開催に、会場は大勢の買い物客で賑わいました。

100回目 南三陸福興市


29日、南三陸町の志津川仮設魚市場で開かれた100回目の福興市。
出店した30店が地元で水揚げされた新鮮な海の幸などを販売し、大勢の買い物客で賑わいました。

訪れた人
「最高です。めちゃくちゃうまいです。うまっ!」

うまっ!


「カキ食べながら海って最高だなって思いました」

第1回目から福興市の実行委員長を務めている山内正文さん(73)です。
南三陸さんさん商店街で、鮮魚店を営んでいる山内さんは、震災の津波で自宅や
会社が流されました。

海って最高だな


南三陸福興市 山内正文実行委員長
「津波があんな勢いで来るとは思ってなかったんだよね。最初は海岸の方から土煙があがってそこから、家がバタバタと倒れてきて。もちろん川もいっぱいになって
きたし。ああこんで終わりだなって思ったのよね」

南三陸福興市 山之内正文実行委員長


震災の津波で甚大な被害を受けた南三陸町。
620人が死亡、211人が行方不明のままです。

津波で甚大な被害を受けた南三陸町


復興に向けて歩みだし町を少しでも活気づけたい…。山内さんが仲間と考えたのが「福興市」の開催でした。


そして、震災発生からわずか50日足らずの2011年4月29日。
売るものも十分ではない中、ボランティアの協力も得ながら、初めての開催にこぎつけました。
市場に福が来るようにと福興市と名付けました。

「市場に福が来るように」


当時の買い物客「泣いてばっかりいたの。きょうはそれを忘れたの」

当時の買い物客は・・・


人気グループ、EXILEも駆けつけ盛り上げに一役買いました。

EXILEも駆けつける


南三陸福興市 山内正文実行委員長
「よくやれたなと思ってんのね、あのときね、街中まだガレキがいっぱいだったしね。全国の皆さんから、やるなら早くやったほうがいいよって言われて後押ししてくれたので」


訪れた客は2日間で約1万2000人。福興市は、賑わいとともに、被災した町民がお互いの安否を確認する場にもなりました。



南三陸福興市 山内正文実行委員長
「みんなちりぢりバラバラに逃げたから、どこにいるか全然わからなかったのね。だからその時お祭りで集まってきたから、あなたどこに逃げてたのどうやって逃げたのとか誰々どうだったのとか、そういう安否の確認にもなったから、すごく喜んでもらいました。」


初めての開催から11年余り。その後も、旬の海産物を提供し続け町の恒例イベントとして定着しました。

28日には、福興市を支えてきた人たちが集まり、100回開催の記念式典を行って
お互いをねぎらいました。

前夜祭


新型コロナの影響で1年4か月ぶりに開催された100回目の福興市。
この日を待っていた多く人たちが訪れました。

ボランティア
「みんな一生懸命やってきたんで(100回を迎えて)感慨深いなと思います」


南三陸福興市 山内正文実行委員長
「嬉しいよね、お客さんがいっぱい来るとね。やっぱり私たち商人だから血が騒ぐよね。しばらくぶりのイベントだから、皆さんも来たくて来たくてしょうがないのよ。南三陸の海の幸を求めていっぱい来てくれてるから、なるべくいい品物を安く提供したいと思っているから良かったね」

山内さんら実行委員会では、福興市の開催は今回で一区切りとし、今後は形を変えて新たなイベントを検討することにしています。

南三陸福興市 山内正文実行委員長
「やっとコロナも収束気味だし、これまで観光客も減っていたので、東日本大震災伝承館も含めて、道の駅がすっかり整うので、日本一の道の駅をこれから目指して、また頑張っていこうという新たな目標ができたのでこれからも頑張っていきたいと思います」

山内さん「新たな目標へ」


出店した店にとっては、福興市をはじめたことで商売を継続する自信につながったと山内さんは話してました。南三陸町には、さんさん商店街の隣に東日本大震災伝承館が10月のオープンを目指して整備中です。山内さんらはそのオープンに合わせて新たなイベントを検討したいとしています。