病院が怖かったのは「ウイルスでなくマスコミの反応」

野路:そういった怖さが続くということに対して、(当時)病院長としてどう対応しましたか?

小野寺:当院も怖くて、患者や家族など一般の方々への情報発信はできませんでした。怖いというのはウイルスではなく、マスコミの反応です。

例えば、当院の感染管理室は早い時期から「感染者の中に重篤化する人は確かにいるが、新型コロナは、エボラ出血熱のような危険性の極めて高い1類感染症と同等の扱いを必要とするほど怖い病気ではない」と認識し始めました。では、我々がマスコミに出て「世の中で怖がられているほど怖い病気ではない。たいしたことはない」と言えるかといえば、言えません。それはとても根性がいることです。

私自身は当時、「未知の感染症」の対策であっても、少しでもスタッフが楽になるようにしたいと思っていました。「未知」だった当初は、どの程度の装備で治療に当たればいいか分からないから、防護服(PPE)を着て対応しますが、だんだん、それほどの装備が必要ではないと分かってくれば、そこまでしなくていいでしょう。
患者が感染症にかかっていようとなかろうと、すべての患者に対して我々は、標準予防策(スタンダードプリコーション)をとっています。標準予防策を基本とすることでよいのではないかと考えるようになってきました。

新型コロナの流行初期に、病院の入り口に額の表面温度を計る体温計を設置しました。少しでも寒ければ、額の表面温度は低くなるに決まっているし、体温が高い人は体が辛いので高いことを自覚しています。微熱があるかどうかを、表面温度で測定できるわけはありません。しかし、そういう「対策」をしていくことがお決まりのような感じで、社会から求められていました。体温測定についてはあまりに馬鹿げているからと、数日で撤去しました。病院として、少しでも余分なところに力を入れることなく、なんとか効率的に医療を回していくことを心掛けました。

2021年の春から当院は先行して、感染者の濃厚接触者となった医療従事者を一律に休ませるのでなく、毎日検査して陰性であることを確認するなど一定の条件の下で勤務してもらう体制を取り入れました。防護服も軽装化して、スタッフの着脱の負担を減らしました。

野路:磯野さんは医療人類学者として、コロナ禍も医療福祉現場のフィールドワークを続けてこられました。静岡市立静岡病院の取り組みをご存知でしたか?

磯野:初めは全く知りませんでした。2022年ごろ、静岡市立静岡病院の感染管理室長岩井一也さんのメディアでの発信に触れ、感染対策以外の全てを犠牲にしてでも対策を優先しようとするのでなく、組織としてその時々で何が重要かを見極めながら、柔軟な対策を行った病院も日本に存在したんだと、大変感銘を受けました。
新型コロナ流行初期は、これはとにかく恐ろしい病気で、とにかく不要不急のことをしてはならない。生活の全般で、感染しないための対策を取るべきだという声が、医療従事者をはじめ、社会の人々の間で圧倒的に大きかったですよね。その中で、いや、バランスをとることが大事だと、医療の側から、しかも第一線の病院の感染管理室長が発信されていたことに、非常に驚きました。

野路:小野寺さん、対策を緩めることでまた感染者が出た、濃厚接触者が出たとなると、病院の立場もないですし、マスコミも追及したと思いますが。

小野寺:実際には、対策を緩めたら感染者が増えるのかということも、初めは全く分からないですよね。辛い話ですが、新型コロナで亡くなった方を、家族に会わせないまま火葬するといったことが行われていました。亡くなった方は息もしていないので、うつらない。家族が会うこと自体は問題ないわけです。それなのに、絶対に顔も見せないという形になっていました。当院は2022年から、他の病気で亡くなった方の遺体と同じように、納体袋に入れずに葬儀社に引き渡すようにしました。葬儀社に説明をしたうえで、です。厚生労働省の遺体取り扱いのガイドラインが改定され、「納体袋に入れなくてもいい」と公言されたのは2023年でした。そのような、普通に考えれば、何もそこまでしなくてもいいだろうということが行われてきました。

野路:各地の各病院の医療者が、もっと「大丈夫です」と言ってくださったら、もう少し、日本全体の感染対策が適正なところでなされたのかなと思いますが、多くの医療者・病院は、そう言えなかったわけですね。この背景はどのように考えていますか?

小野寺:一つはやはり、マスコミにたたかれるのは嫌だということでしょう。病院というのは元々、どちらかといえば権力者に近いと思われているのではないでしょうか。何か弱点があればすぐに責任を追及されます。その中で医療者が声を上げて、「これはおかしいんじゃないか」と言い出すのは、なかなか大変だと思っています。私一人ならいくら責められても構いませんし、感染管理室長も自分一人ならどうということはないのですが、当院で働いている千人余りの職員全体がバッシングを受けるのは避けたい。どの病院も、そういうことは考えていると思います。