ゼロリスクの追求と責任の回避 政府も専門家も

小野寺:流行初期は、医療者側にとっても情報は少なかったです。新型コロナとはどんな病気だろうかと海外の論文を読むのですが、実際にはなかなか、感染対策を本当にここまで緩めていいのか、もっと厳しくしないといけないのかという情報はほとんどなく、大混乱だったと思います。途中からは、感染症法上の位置付けを「早く5類にしてよ」と、当院から厚生労働省に対しても言えるようになってきましたが、初めのうちは大混乱でした。

専門家の人たちも「100%大丈夫」という根拠がなければ、すでにやっている対策をやめようとは言い出せない。そういうことは、やはりあったと思います。ただ、やめようと言い出せるか言い出せないかを左右する一番大きな要因は、空気ですよね。「対策は当然、やるものだ」という空気が全体にあると、それを変えよう、やめようという話は、なかなかしづらいんだろうと思いますね。

磯野:「100%大丈夫」というのは まずどんなことであっても、あり得ないですよね。一歩外に出て道を歩いたら車にひかれて死ぬ可能性は絶対にゼロにはなりません。「ゼロリスク」を求めることは、医療においてはまずもって無理だと思います。それでもなお、100%大丈夫じゃないから言えない、踏み切れない、というところでしょうか。

小野寺:そうですね。がっちりしたデータがなくて、研究者は皆、推計値を出すわけです。その中でこの「◯%」はリスクとして高いのか低いのかといった話はなかなか難しいですよね。専門家といわれた人たちは「それは政府が決めることでしょう」となったわけですよね。そして政府としても、怖くて「大丈夫」とは言えなかった。突き詰めると、コロナで1人でも死んだらどうするんだという話になるわけで。その責任をとるのは無理だとなると、じゃあこのままだね、というふうになるわけですね。

過度な感染対策で医療が滞る懸念 病院長「責任は私が」

野路:それでも小野寺さんは、感染対策をすることによって出てきた弊害を強くお感じになっていたわけですか?

小野寺:そうですね。実際、それほど症状が重くないコロナの感染者が入院することで、通常の医療ができなくなるという事態になりました。他の患者と隔離しなければならないので、コロナ治療以外の通常の治療に使う病床(ベッド)は少なくなりますし、手術も制限されました。例えばがん患者の手術を延期せざるを得ないということが起きました。そのような形で、コロナ以外の病気で亡くなった方が少し増えたというのは、あったと思います。

そして、そのあたりのバランスをとることは、それぞれの医療機関でやりなさいねと。そういう話になるわけです。かなり厳しい話です。当院は、通常の医療をできるだけたくさんしようということを行ってきました。だから、余分な感染対策はしない。少しでも省力化を図らないと、病院として通常の医療ができないだろうと。そう考えて指揮をしてきたということです。

野路:小野寺さんの方針で、うまくいきましたか?

小野寺:完全にうまくいったのかは分かりませんが、当院としては、できる限り通常の医療を提供するという病院の機能はずっと保てたと思っています。

磯野:未だに完全面会禁止などを続けている病院もある中で、静岡市立静岡病院の取り組みがなぜできたんだろうと思うんです。2020年の後半あたりから少しずつ感染対策を緩められていますよね。病院のスタッフの側にも、いや、そんなことをして、もし感染爆発が起きたら責任をとれるのかという話は必ずあったと思います。組織として緩和ができたのはなぜですか?

小野寺:責任は、私がとればいいわけで。責任をとると言っても、どう責任をとるのかは分かりませんが。道義的責任とかですね、責任の種類はいろいろありますが、どうぞ、責任はとりますよ、というのが私のスタンスです。そして当院のスタッフみんなの中にも、患者さんをとにかくみて、いい治療をするんだという強い覚悟があったことが大きいんだろうと思っています。

当院の感染管理室が、リーズナブルに合理的に、「これぐらいでいいでしょう」という話をした時に、病院長の私も「じゃあそれでいこう」と言って、責任は私がとればいいわけで。そんな形で進めてきたということです。

例えば、患者が家族と面会することは回復に効果的だということは明らかです。家族が病室に出入りすることで、ほんの少し、患者がコロナに感染リスクが上がるかもしれない。しかしそれよりも、面会を禁止することで患者にもたらすダメージの方が上回るだろう。だから家族との面会制限はやめたほうがいいだろうと。また、濃厚接触者という言葉がありましたが、濃厚接触者というのはどんどんたどっていったら、日本国民全員が濃厚接触者になるわけで、いちいち仕事を休んだらどうするんだという話になるでしょう。◯日から◯日まではコロナの感染力があるからと、どんどん規制が長くなっていく。そうすると、医療も回らない、社会も回らないだろう。そういうことは、ある程度バランスをとって、「ここら辺でカット」と、せざるを得ないだろうと思いますね。