明治大学に進学後は、名将とうたわれる島岡吉郎監督から最後の主将に指名された経験を持ち、1989年のドラフト4位で横浜に入団した後、1995年に西武に移籍し、1999年に現役を引退しました。
2006年に発足した信濃グランセローズの設立に準備段階から携わり、初代のゼネラルマネージャーを務めた後、2009年には2代目となる監督を務めました。

信濃グランセローズのスタッフは公式ブログで、「キャッチャーなので、人間観察力が凄かったです。そしてその力は、三澤今朝治さん(注:加筆 元球団社長、現相談役)のモノマネにも発揮され、いつも私たちを楽しませてくれ、とってもユーモア有るお人柄でした。
突然の訃報でした。お礼も言えず逝かれてしまい、驚きと、無念さでいっぱいです。これからも信濃グランセローズをお見守りください。どうか安らかに、、、ありがとうございました。」と綴りました。












