長野県軽井沢町で1972年に起きた「あさま山荘事件」から52年が経ち、過激派グループとの攻防で殉職した警察官2人の慰霊式が行われました。

事件現場近くにある『治安の礎(いしずえ)』には、軽井沢警察署の署員や土屋三千夫(つちや・みちお)町長、地元の関係者などおよそ30人が集まり、黙とうや献花で犠牲者を慰霊しました。

1972年2月に起きた事件は、過激派組織「連合赤軍」のメンバーが、企業の保養所だった「あさま山荘」で、管理人の妻を人質にとり、10日間にわたって立てこもりました。

犯人による銃撃で、警察官2人と民間人1人が死亡、27人が重軽傷を負い、52年前の2月28日に行われた突入作戦の末、人質は無事救出されました。

慰霊式には、当時、警察から依頼を受けて、鉄球付きのクレーンで山荘の壁を壊す作業を行った白田五郎(はくた・ごろう)さんも出席しました。

白田五郎さん:
「警察官のような使命感があって行ったわけではなく、町の中の家屋の解体と一緒のつもりで行っただけ。この事件のことだけを思えば長い間だったと思うが、自分自身としてはいつの間にやら通り過ぎてしまった」

軽井沢署の若手警察官は、住民との会話の中で事件の話が出ることもあると話します。

軽井沢警察署地域課中軽井沢駐在所・堀内優太朗(ほりうち・ゆうたろう)巡査:
「はじめて慰霊式に出席させていただいた。このような事件を二度と起こしてはいけないと感じて、日々仕事にまい進したい」

事件から半世紀以上が経た今も、あさま山荘事件の教訓は、警察学校で語り伝えられているということです。