ゴールドマン・サックスを辞めて故郷・岡山へ なぜ?

――世界的な投資銀行であるゴールドマン・サックスで、34歳という若さで執行役員にまでなられた。そのキャリアを捨てて、なぜ岡山に戻ってこられたのですか?

(木村正明さん)
「よく『クビになったからだろう』と言われますが、そうではありません(笑)。東京の自宅まで(現・岡山学芸館高校の理事長が)やって来て、『岡山の誇りを一緒に作ろう』と説得され、私が『一晩だけ考えさせてくれ』と言って、もう退路を断って、残りの人生をかけて挑戦しようと決意しました。

――資金的な支援ではなく、ご自身が岡山に戻るという決断がすごいと思います。

(木村正明さん)
「最初は支援をしていたのですが、クラブが解散の危機に陥り、『負債ごと全部引き受けてくれ』という話になったんです。びっくりしました。でも、ゴールドマン・サックス時代、世界中から集まった優秀な同期たちが、研修が終わるとみんな地元のプロスポーツの話をするんです。

『お前の地元はどこだ?』と聞かれ、岡山には何もないから一生懸命カープの話をする自分がいました。『なんで俺、広島の話をしてるんだろう』って。

ある同期は、アメリカの田舎町のアメフトの歴史を延々と語り、『アメフトは田舎町の歴史なんだ』と熱弁していました。そういうのを聞いて、岡山にもこういうものが必要だな、とずっと思っていたんです」

――実際に岡山に戻ってこられた時、町はどう見えましたか?

(木村正明さん)
「もう必死でした。親戚も多く、商売もしているので、途方もない道のりだと感じましたし、失敗したら親戚にも迷惑をかける。絶対に失敗できないという恐怖心の塊でしたね」