「他の男に裸を見せるのか」と通院も禁止

1987年、岡山県津山市に生まれた被告。高校中退後、出会い系サイトを通じて3人の男性と順に知り合います。

そして、「長男と次男」「長女」「次女(被害者)」の4人を出産したのち、シングルマザーとなります。

2019年、当時31歳だった被告は、出会い系サイトで、のちに虐待を行う、当時35歳の内装工の男と出会い、付き合い始めます。

男には妻子がいましたが、しばらくして半ば強引に家にやってくるように。平日は毎日、仕事終わりの夕方、やってきたといいます。

はじめは、夜8時ごろに帰宅していたそうですが、次第に日付を越えるようになり、午前2時ごろに帰宅するようになったといいます。

(弁護側)男はどういう人間だったか?

(被告)
「束縛が激しい人だった。子どもと一緒に寝たり、一緒にご飯を食べたり、一緒にお風呂に入ることを禁じられた。外出する時はトイレについてきて、私の様子を見ていた」

「『ほかの男に裸を見せるのか』と病院に行くことも禁じられた。どうしても体調が悪い時は何の薬か分からないが、男から薬をもらって飲んでいた」

(弁護側)警察や児童相談所に相談できなかったのか?

(被告)
「精神的に、私も子どもたちもおかしくなっていた。携帯電話はつなぎっぱなしで、自宅には見守りカメラが設置され、家の中を24時間監視されていた」

「別れ話をしたら『これまで通り生活できると思うなよ』と言われた。虐待をばらすと何をされるか分からず怖かった。助けを求めることが出来なかった」

また、被告は当時のことについて「娘を抱きしめている映像を警察で見せてもらったが、その時の記憶がない」とも述べました。

弁護側の証人尋問で、精神科の医師は「被告は強いストレスから逃れるため、自分自身の行動の記憶が無くなる『解離』の状況にあったと推測される」と指摘しました。

精神状態がおかしくなり、「虐待を止められたくとも、止められなかった」とする弁護側。

これに対して検察側には、被告が意思を持って虐待に関わっていたことを示す「客観的証拠」があるといいます。