最大震度7を2度観測した熊本地震から7年。追悼式に参列した遺族の思いと語り継ぐことの意味とは。

県庁での追悼式には遺族23人が参加しました。

冨永真由美さん「まさか母を見送ることになるだなんて、夢にも思いませんでした」

遺族代表として思いを語ったのは母親を亡くした熊本市の冨永真由美(64)さん。

7年前、2度にわたり最大震度7を観測する地震が発生しました。

熊本地震です。

県内で関連死を含め273人が亡くなりました。

住まいの被害も甚大で、4万3000棟以上が全壊または半壊し、また県内では最大18万人が避難生活を送りました。

遺族代表の冨永さんも車の中での避難生活を強いられ、寝たきりの母・操(みさお)さんの病状が悪化しその後亡くなりました。

冨永さん「母が書いた字よねって時々これを眺めてね。」

冨永さんの名前が掘られたアルミのコップ。操さんとのつながりを象徴する冨永さんの宝物です。

「これを書いてくれた母は私といつも一緒にいるという証拠の品です」
「ずっとそのままっていうものがあるのはこのカップのおかげかもしれませんね」

また熊本地震では、多くの道路や施設が被災しましたが、この7年で新しい阿蘇大橋が開通し、熊本空港もリニューアルするなど復興が進んでいます。

こうした中、遺族は地震の記憶が薄れることを懸念しています。

娘(当時4歳)を亡くした宮﨑さくらさん「復興ってすごい力だなと思うけど、それにどんどん隠れていってしまうんじゃないかと。忘れるようになっていくんじゃないかという気がするんです」

息子を亡くした大和卓也さん「亡くした子どものことを考える時間はいつもあります。復興に向けて動いていくことについては、それは進んで行って欲しいなと思います」