◆ダライ・ラマ側の後継者選びはどうなる?

14世は、すべての権限を持つのではなく、政治的実権について亡命政府へ移譲している。自らの後継選びについても、ダライ・ラマは一つの方法として、自らの存命中に、位の高い僧侶が後継者を選ぶ方法も可能性として示している。「死後に生まれ変わり探す」という従来の方法を転換させるものだ。

ダライ・ラマは「ローマ法王が枢機卿らによって選ばれるような制度も可能だ」と話し、中国当局が一方的に選ぶ「政治的な後継者」ではなく、「正統な後継者」を模索する。

それは苦い過去があるからだ。チベット仏教には、ダライ・ラマに次ぐ地位の高僧としてパンチェン・ラマがいる。1989年にパンチェン・ラマ10世が死去した際、ダライ・ラマ側と中国側が、それぞれ別の生まれ変わりの少年を探し、それぞれ「11世」として擁立した。その後、ダライ・ラマ側の11世は行方不明となっている。今年34歳になるが、中国当局の監視下にあるとみられる。

2年前の2021年7月、習近平主席はチベット自治区を訪問し「共産党中央によるチベットへの政策は完全に正しい」と強調し、統治の正当性をアピールした。一方のダライ・ラマは「我々が求めるのはチベットの自治と、チベット仏教文化の保護である。自分は分離主義者ではない」と主張しているが、共産党はダライ・ラマを「祖国分裂主義者」と非難し、妥協は許さない。

◆後継者が直面する課題

中国当局は、国内チベット族居住地域の治安維持に努めつつ、ダライ・ラマの年齢を考慮し「時間の経過」を待つ戦略だ。

ダライ・ラマ14世は、チベット仏教を信仰するすべての人たちにとって精神的な支柱であり、唯一無二の存在だ。さらに、ノーベル平和賞の受賞者でもある。英語を駆使しながらの訴えは、ユニーク、かつ機知に富む。だから、国際社会が14世を、また亡命政府を支援しようとしている。

88歳の誕生日に際しては、アメリカのブリンケン国務長官もお祝いの声明を発表し、「法王の平和、非暴力に対する、たゆまぬ取り組みに、深い敬意を示します」と述べている。

ただ、14世の後継者がやがて誕生しても、その後継者はチベットを知らない亡命チベット人となるだろう。また、亡命チベット人社会も時代や環境の変化に直面している。若者を中心に、コミュニティーが散り散りになり、西洋文化への同化も進む。

世界各地に散らばったチベット人の一体性をどう保つか。信仰に支えられてきた社会と、宗教や文化、言語などの面で「中国化」を進める中国共産党。88歳のダライ・ラマ。「時間との戦い」が静かに進んでいる。


◎飯田和郎(いいだ・かずお)
1960年生まれ。毎日新聞社で記者生活をスタートし佐賀、福岡両県での勤務を経て外信部へ。北京に計2回7年間、台北に3年間、特派員として駐在した。RKB毎日放送移籍後は報道局長、解説委員長などを歴任した。