「他人が優しくされるのは、許せない」―――。こんな感情から他者を攻撃する人たちが増えている。スープストックトーキョーが離乳食の無料提供サービスを始めると発表した途端、ネット上での攻撃が発生した騒動について、RKBラジオ『田畑竜介Grooooow Up』に出演した神戸金史・RKB解説委員が企業危機管理の専門家とともに解説した。


◆スープ専門店が「離乳食を無料提供」と発表


神戸金史RKB解説委員(以下、神戸):スープ専門店チェーンを運営する会社「スープストックトーキョー」は、女性が1人でも入れるような雰囲気の人気店です。そのスープストックトーキョーが、生後9~11か月のお子さん向けに離乳食を無料で提供すると4月18日に発表しました。

お客様のライフステージが変わり、ご家族やお子様と一緒にご来店いただく方も増えてきた中、Soup Stock Tokyoとしてお子様の成長を一緒に見届けることができればという思い、そしてお父さんやお母さんと一緒に食事の時間を楽しんでいただきたいという思いから、離乳食のご提供をはじめました。

※有料サービス(店内でのご注文)をご利用のお客様に限ります。
※テイクアウト・デリバリーは承っておりません。
※時期によってご提供メニューが替わります。お子様、お一人につき1杯まで(100g)とさせていただきます。

神戸:いい話だと思ったんですが、ネット上では「子連れが増えるなら行かない」「一部の客だけ優遇するのはずるい」という反発の声が出ていて、日刊ゲンダイが報じたところでは、「店内が狭すぎて、赤ちゃんとお母さん2人の場合、2人席は対面しかないから座るのは無理で4人席に座るしかない。1人分のお代で4人席を通常より長く使用することになるのは辛いよなーお互いに」という批判も出ていた、と。「そんなことを考えるのか…」と思いました。


◆安易な謝罪はせず、企業理念を説明


神戸:4月18日に発表して、同月26日になってスープストックから説明の文章がインターネット上に公開されました。これがなかなかすごいんです。

【離乳食提供開始の反響を受けまして】
4月25日に開始した「離乳食後期の全店無料提供」の取り組みに対して、さまざまなお声をいただきました。お声を受けてからの発言を控えておりましたのは、私たちの存在意義について想いを巡らせ、考えを深めていたからです。

神戸:という書き出しで、1週間経ってからコメントしています。よく聞く「世間をお騒がせし、申し訳ありません」という言葉を使っていない。安易に謝罪していないなという感じがしました。それからもう一つ、企業理念をきちんと説明をしていています。

私たちスープストックトーキョーの企業理念は、「世の中の体温をあげる」です。
スープという料理を通じて身体の体温をあげるだけではなく、心の体温をあげたい。
そんな願いを一杯のスープに込めた事業を行っています。

神戸:例えば、グルテンフリーやベジタリアン対応のスープの販売、コロナ禍での医療従事者への食事の無償提供も、企業理念の展開として過去取り組んできたと説明しています。


◆「すべての方々の体温をあげていきたい」


神戸:さらに、批判した人も切り捨てないような言葉遣いをしている、という感じがしました。

最後になりますが、今回の反響について、改めて私たちの姿勢をお伝えいたします。
私たちは、お客様を年齢や性別、お子さま連れかどうかで区別をし、ある特定のお客様だけを優遇するような考えはありません。
私たちは、私たちのスープやサービスに価値を見出していただけるすべての方々の体温をあげていきたいと心から願っています。皆さまからのご意見を受け止めつつ、これからも変わらずひとりひとりのお客様を大切にしていきます。

神戸:1人1人を大切にするんだ、と。批判してきた人にはコアなファンの方もいらっしゃるんじゃないかなという気もしますが、そういった人たちも含めて大切にしていきたいということで、「体温を上げたい」という企業理念にも最後に触れていて、なかなかすごい文章なんじゃないだろうか、と思いました。


◆企業危機管理の専門家「すばらしい対応」


神戸:日刊ゲンダイデジタルは最初、「スープストックトーキョーが大炎上」という形で取り上げました(4月21日付)。ところが、けさ(5月2日)は「スープストック炎上騒動は今後も波紋?  “働く男女のオアシス”すら許されない時代なのか」と、方向転換したような原稿が出ていました。

神戸:ここからは、専門家に聞いてみたいと思います。レピュテーション・コンサルタントの高祖智明さんです。高祖さんはリクルートで「ケイコとマナブ」の創刊編集長、福岡ドームでは広報部長を務め、独立後はレピュテーション(評判)の視点から企業をサポート。“リスクをデザインする”という点からノウハウを提供する活動をしています。


高祖智明さん(以下、高祖):おはようございます
神戸:危機管理の専門家である高祖さんは、スープストックトーキョーの企業対応はどんなものだったと考えていますか?
高祖:非常にすばらしいですね。今「パーパス経営」とよく言われるんですが、自社の存在意義を明確にして、いかに社会に貢献するかを社内で共有しながら、発信する。ユーザーやお客様が共感して、ファンになってくれる。そういう企業作りをしていく、まさにその姿勢で対応した、お手本のような対応だと思いますね。
神戸:企業理念にも過去の取り組みにも触れて、短い文章の中で明確に書かれていました。こういった企業対応によって、潮目が変わったという感じもしました。
高祖:「パーパス経営」と言われ始めたのがここ2、3年、「SDGs」も数年になります。「世の中にとって正しいことは何か」ということを、小さな子からお年寄りまでみんなで一緒に考えるような時代になってきた、世の中が変わってきたっていうのは大きいと思いますね。



◆企業理念を知ってもらう機会にも


田畑竜介アナウンサー(以下、田畑):自分たちの姿勢に対して反発の声が上がると、感情的になったり、あるいはまずひれ伏して「このたびは大変申し訳ありません」というような姿勢で謝罪会見などを行ったりする企業も多いですが、そういう感情的な対応より、冷静に改めて自分たちの方針を大切に対応するということが大事なんですね。
高祖:現状をきちっと確認することですね。今回、スープストックは悪いことは何もしていません。例えば異物混入だとか、間違ったことをしたとか、悪いものを提供したということではないわけですから。自分たちの企業理念に従って正しいことをしている、ということを伝えようとした、ということだと思います。
田畑:企業としての軸がしっかりしていますね。
高祖:そうですね、本当に。
神戸:これを機に、自分たちのこともきちんと説明しておこう、という感じだったんでしょうね。
高祖:どの会社も、今はミッションステートメントを作っていますが、世の中に対して大々的に知ってもらうような機会はありませんからね。
神戸:逆によかったかもしれません。自分たちを説明していくチャンスに転換しちゃったわけですね。



◆文章には書いた人の人間性が出る


神戸:何かあったらすぐに対応するのが、危機管理の鉄則だと言いますが、1週間も経ってからコメントを出したというのはどうしてなんでしょう?
高祖:冷静に状況を見ていたということだと思います。その間に、自分たちの考えをもう1回整理して、どういうメッセージを出すのが一番伝わりやすいか、を考えていたんだと思います。
神戸:企業危機管理としては非常に優れていると考えていい?
高祖:そうですね。最初に謝るということではなく、きちんと分析をして、自分たちが取るべき行動を取ったということだと思います。

神戸:謝った形を取っても誠実さが伝わっていない企業の姿勢をよく見ます。慇懃無礼で、「今後も取り組みを進めていきます」なんてまとめ方がよくあるじゃないですか。あれを見ると、すごく不快になります。
高祖:一番良くないのは「法律を犯してない」と言い訳をすることです。
田畑:なるほど。
神戸:素直で誠実。やはり文章って、人間が出ますね。企業の姿勢が示せたという感じがすごくしました。
田畑:我々の心も温まる、というか。かくありたいなと思いました。


◎神戸金史(かんべ・かねぶみ)
1967年、群馬県生まれ。毎日新聞に入社直後、雲仙噴火災害に遭遇。福岡、東京の社会部で勤務した後、2005年にRKBに転職。東京報道部時代に「やまゆり園」障害者殺傷事件を取材してラジオドキュメンタリー『SCRATCH 差別と平成』(2019年)やテレビ『イントレランスの時代』(2020年)を制作した。