原発とともに半世紀

八島一郎さん
「息子たちの世代はこれが当たり前の風景。あれから先が畑だったとか言っても全然分からないわけだから」

佐賀県玄海町に住む八島一郎さん。
高校を卒業後、関東で就職しましたが22歳で故郷に戻り、およそ40年にわたって原発の建設や保守作業に携わってきました。
八島一郎さん
「地元の建設会社で働くと、日当700円だった。原子力発電所に行くと日当1000円になる/発電所で現金収入ができるようになって、みんな(玄海原発に)行き始めた/原子力発電所があったからこそ、私はいまここに住んでいる。でなきゃ帰ってこない」
玄界灘に面した人口およそ4500人の玄海町。
1975年に九州初となる原子力発電所が営業運転を開始して以来、半世紀にわたり原発とともに歩んできました。
RKB 岩本大志記者
「のどかな町並みが広がる佐賀県玄海町です。この町でいま調査が進められているのが、核のごみの問題です」







