遺骨の一部「博多湾に捨てられた」

戦争に加わったすえ、処刑により短い生涯を閉じたアメリカ兵たち。

アメリカの公文書には遺体は火葬され、遺骨の一部は箱に詰められて「博多湾に捨てられた」と記されています。

祖父や伯父の最期を知る旅で、遺族の3人は何を感じ取ったのでしょうか。

ティモシー・ラングさん
「西部軍司令部を後にするとき、私は処刑場へと向かうトラックの中で、彼はどんな気持ちだったのだろうと思いを巡らせました。彼らは自分たちがどこへ向かっているのか知っていたのだろうか?どんな風に感じ、人生最後の日をどんな風に考えていたのだろうか、と。そうしてそれぞれの場所を訪れるたびに、私は伯父のこと、そして彼がそこで何をしていたのかを考えていました。そして、彼の遺骨が最終的に行き着いた、まさに最期の場所であるここへ来て、今でもまだ、彼がそこにいるような気がするのです」

ヘザー・ブキャナンさん
「(平和とは)世界のみんなが仲良くすること、だと思います。だからこそ私は『みんなで仲良くできないの?』と言いたいのです。もし全員がただ仲良くできれば、私たちは上手くやっていけるはずです。だから、みんながただ幸せで、何て言えばいいのかな……」

娘のアマンダさん
「手を取り合うことだね」

ヘザー・ブキャナンさん
「ええ、人々が手を取り合うことができれば、もし全員がお互いに優しく、思いやりを持って接することができれば、今起きているような争いはなくなるはずです」

「戦争」が残した悲しみ。

アメリカから来た遺族の姿は、戦争を二度と繰り返してはならないことを静かに訴えていました。