大田萩枝医師
「こういうこともあるんですね」

上野栄子さん
「おかげさまで50年長生きさせてもらいました」


当時、19歳だった上野栄子さんは勤務先の広島市役所で被爆。ガラスで大けがを負いました。


上野栄子さん
「被爆の時は、窓際でのぞいてたんですよ。警戒警報が解除になったからね。あの時は。上の高い所をダイヤモンドがパッと光ったように見えたんですよ。それきり分からなくなった。体が熱いんですよ。焼けてくるので。目が覚めて。市役所が焼けて窓から煙や火がどんどん来る中を池の中に入っていたんです。水をかぶって。ヤケドをされた方が来られて、池の中で火ぶくれになって死んでいるんですよ…みんな…」


上野さんは8月15日ごろまで市役所の中で寝ていましたが、出血がひどく、袋町国民学校にトラックで運ばれました。

大田萩枝医師
「ずっと最初から医療活動をしました」

当時、県病院の眼科医だった大田萩枝さんは、爆心地から2キロの自宅で出勤前に被爆…。その後、袋町国民学校で治療にあたりました。


大田萩枝医師
「本当の丸焼けですから。白衣もありませんでしょ。変な服を着ています。親戚からもらった着物をほどいて自分で作ったんです」


このとき、かつて治療が行われていた場所でふたりに当時の映像を確認してもらいました。