かつては「必要なものがほぼ揃っていた」商店街

相浦町では、かつて港へ続く道路沿いに商店街が栄えていました。

1993年撮影の映像を見ると、毎年2月に開かれる「愛宕市」では、道路が人で埋め尽くされ、前に進むのも大変なほどの活気がありました。

しかし、まちに住む人は減少の一途をたどっています。子どもの数も30年で300人以上減少。(1990年の753人から2020年には407人へ)

現在の大通りは、草が生い茂る売地や「テナント募集」の紙が貼られたままシャッターが閉まった店舗が目立ち、人通りもまばらです。後継者不足などを理由に店をたたむ人も後を絶ちません。

安永さんが子どものころに見ていた町の風景も、大きく変わりました。

「こっちの今の住宅のところも昔は薬屋さんとか花屋さんとか、金物屋さんとか、うちの横もガス屋さん、靴屋さんとかですね、本当にお店がたくさんありました」

「ずっとこの直線歩けば生活に必要なものは、ほぼほぼ揃ってて」

かつては、暮らしに必要なものが身近に揃っていた商店街。その姿は、少しずつ変わってきました。

「町のことをする」のは仕事と同じくらい

それでも、安永さんは仲間たちと町を盛り上げる活動を続けています。この日、安永さんが訪ねたのは、町内で120年以上続く染物工場でした。

青年会の仲間とは日々コミュニケーションを取りながら、相浦を盛り上げるアイデアを出し合っています。

青年会メンバーで「川口家染工場」の川口直人さんは、こう話します。

「当たり前のことぐらいに思ってたので、町のことをするっていうのが、仕事と同じくらいのレベルのこと」

《地域のために活動することを、特別なこととは考えない》そんな思いを共有する仲間たちが、安永さんを支えています。

「昔とは違った意味での町の魅力とかは伝えていけると思うし、地域への思いのバトンをつなげていければ、お店の数は減っても相浦っていう町の魅力はなくならないと、信じてやってますけどね」