太平洋戦争末期、300人以上の市民が犠牲になった延岡大空襲から29日で81年です。
宮崎県延岡市の中学校では、犠牲となった教師を偲ぶ慰霊祭がありました。

1945年6月29日、延岡市の中心部はアメリカ軍による空襲を受け、300人以上の市民が犠牲になりました。

延岡中学校の前身、安賀多国民学校では、栗田彰子教諭が学校の消火活動中に焼夷弾の直撃を受け、25歳の若さで亡くなりました。

延岡中学校では、毎年、慰霊祭を行っていて、29日は、遺族や全校生徒などおよそ300人が参加し、生徒の代表が慰霊の言葉を捧げました。

(生徒会副会長 長友佐弥さん)
「全校生徒で平和の尊さや戦争の愚かさについて深く考え、世界平和の実現のために努力することを誓います」

(生徒)
「戦争は絶対にやってはいけないものだと心から実感した」
「先輩たちが平和な日本を築いてくれたので、しっかりとそれをむだにせずに生きていくことがぼくたちの使命」

参加者たちは、平和への誓いを新たにしていました。