石川県輪島市門前町にある興禅寺の住職・市堀玉宗さん(70歳)は、毎朝5時に起き、座禅とお勤めで1日を始めます。
そして月に2、3回、托鉢の装束に身を包み、能登の被災地を歩き続けています。「托鉢の途中で野垂れ死にするかもしれない。それも本望ですけどね」――そう語る市堀さんの姿に、被災した住民たちは静かに心をよせています。
「先祖を大事にするお寺の町」が変わってしまった
2024年の能登半島地震は、門前町の日常を大きく変えました。法事や墓参りが生活の一部だったこの地域で、家を失った檀家の多くが故郷を離れることとなりました。

「門前なんか特にね、お寺さんを大事にする、お墓を大事にする、先祖を大事にするお寺の町ですわね。それは無念に思っている人はたくさんいらっしゃる。でもできない。これが現実ですわね」と市堀さんは言います。

興禅寺から歩いて5分の亀山墓地では、斜面が崩れ、約160基あった墓の多くが倒壊したままです。

檀家の酒井郷夫さんは「いつもはお盆近くなると草刈りをするんですけど、それもできなくなった」と話し、崩れた墓にブルーシートをかけるしかない現状を「もう申し訳ないんですけど、ブルーシートかけてごめんなさいっていう感じです」と語りました。
野ざらしで雨に濡らすわけにはいかない、しかし修復もままならない。
被災地の墓地が置かれた現実です。











