岡田武史「監督」とは
野々村チェアマンはFC今治・岡田武史会長と現役時代、コンサドーレ札幌で選手と監督の関係だったーー
野々村:監督と選手なので、どうやったら岡田さんに気に入られるかを考えていたと思う。岡田さんに誘ってもらってコンサドーレに入団したので、岡田さんのためにという思いも含めてプレーしていた。
2000年にはJ2優勝を果たしたーー
野々村:サッカーってこうやったら勝てるんだということは岡田さんから教わったことは多い。
当時シーズン最初のミーティングかなんかで、僕らは当然優勝するつもりでシーズンに入っている中で「何回負けても大丈夫だ」みたいなことを岡田さんが言った。「あっそんな負けても大丈夫なんだ」と思って。
そんな感じで数字でものをいう人は当時あまり多くなかったから、だいぶ気持ちが楽になったのは覚えている。優勝するには勝ち点をこれだけ積まなければいけないということの裏返しでもあるが、伝え方。それが一番印象に残っている。
あんまりしゃべった記憶はないが(笑)選手として面白いサッカーしたいとか、いいプレーしたいとか、誰もが思うと思う。
岡田さんに会うまでは自分もそれをやりたいと思っていたが、岡田さんと一緒にサッカーをするようになってからは自分が何するかというよりも、「このチームをどうやって勝たせるか」という考えになった。
サッカーの内容もマネジメントも含めて。そこは大きい。

愛媛のような地方にJクラブが2つ。”伊予決戦”というダービーマッチも実施されているがその意義はーー
野々村:1つの県に2つや3つクラブがあることを僕は多いと思わない。
むしろ同じ県の中に複数クラブがあることでお互いがお互いを意識することが絶対にある。それは必要なこと。
競争の中でしか本当の意味で成長することはできないと思うのでうらやましいとも思える。
それはサポーター同士もそうだし、そのエリアに住んでいる人たちも少し意識するだろうし。クラブも負けたくないからどんなトライをしようかといろんな面でチャレンジすると思う。
