今治市の寺院で6日、太平洋戦争末期の今治空襲で犠牲となった人たちを追悼する献花と、平和の鐘を鳴らす式典が行われました。
愛媛県今治市では終戦の年、1945年の4月、5月、そして8月と3度の空襲に見舞われ、550人を超える尊い命が失われました。
四国霊場55番札所「南光坊」で営まれた式典では、地域住民や遺族らが出席し、「今治市戦災の碑」と刻まれた石碑に花を手向けて静かに手を合わせて、犠牲者の冥福と平和を祈りました。
「別宮小学校にボーンと焼夷弾が落ちて、提灯が点いたようにバーンと燃えた」
出席者の1人で91歳の杉野三郎さんは、自らも今治空襲を経験し、義理の兄や姪などを亡くしました。
戦争を知る世代が減り続ける中、市民団体「今治市の戦災を記録する会」では、当時の記録をまとめた本やDVDを小学校などに寄贈するなど、記憶を次世代に語り継ぐ取り組みを続けています。
また、今治ユネスコ協会などが主催する「平和の鐘を鳴らす運動」に合わせて出席者が鐘を鳴らし、平和への誓いを新たにしました。








