■更地になった我が家と、目の前の廃棄物…見えない「復興」

双葉町で、この町から松山市に避難している澤上幸子さんと合流しました。

澤上さんは震災の発生直後から、渡部さんと共にNPO法人の活動を続けています。

澤上さんの自宅へと向かいました。
自宅は原発から約5キロ。時が止まったかのように静まり返っていました。

(澤上さん)
「うわ、本当に何もない。こういうことになるんだね。解体する前って。えー…」

家財道具などは、全て撤去されていました。

(澤上さん)
「物があると、記憶が蘇ってくるような感じがしましたけれども、何もなくなると、全て本当に消えちゃったって感じですね。はあ…」

(愛媛大学4年・齊藤葵さん)
「何もないじゃん…」
(澤上さん)
「もう、ここには住めない」
(学生)
「住めるようになったって言われても、無理ですよね」

さらに学生たちを絶句させたのが、自宅前の田んぼ。
家屋の解体などで発生した、廃棄物の仮置き場になっていました。

(澤上さん)
「3倍ぐらいにはなったかな。1年前より」
(学生)
「なんでここが仮置き場に?」
(澤上)
「見えない場所だからじゃない?あれがあると、みんな嫌だよね。住民は戻ってこなくなるでしょ?見えるところには戻ってこないから。それが、復興の姿になるのかもわからないけれども、最後の最後よ。もうこの辺は」

被災地の現実は、学生たちに「復興」という言葉の脆さを突きつけました。

(学生)
「復興が進んでいるというより、終わらせている感があって…」
「片づけって感じがするよね」

学生たちは、4日間の東北の旅で、様々なことを学びました。

(愛媛大学3年・上島瑛惟人さん)
「いざこうやって来てみたらリアルが重すぎて、自分の中で受け止めきれなかったのは強くて…でも、絶対にやっぱり目はそらしちゃいけない」

(齊藤さん)
「その人たちが辛いのに伝えてくれているし、それを聞いた自分も伝えないと繋が
らないし、その人のためにも話さないといけない。ここからは私が、興味ない人たちに伝えていくので『待っていてください』という感じ」

被災地を巡る旅で、たくさんの記憶と教訓を受け取った学生たち。

時が流れ、どこか他人事になりつつある震災を、自分事へと繋いでいきます。