「本当に被災者の人っているんだって、衝撃を受けたんです。今まで災害が関係なかったのが、自分事になった瞬間でした」
愛媛大学4年の齊藤葵さんには、東日本大震災の記憶がありません。

発生から15年が経過し、震災を“知らない”若者たちが増える中、彼らはカメラを手に東北の被災地へと向かいました。

津波にのまれた指定避難所、父を置いて逃げざるを得なかった極限の記憶、そして時が止まったままの故郷——。

当事者たちの重い口から語られる「後悔」と「生きたかった人たちの思い」を前に、震災を知らない学生たちは何を感じ、何を伝えようとしているのか。
記憶と教訓を“自分事”として繋ぐ、4日間の旅に密着しました。


東日本大震災に伴う福島第一原発の事故で、今も愛媛県松前町で避難生活を送る渡部寛志さん。

(渡部さん)
「月日が流れれば流れるほど、当事者じゃない人たちにとっては、自分事として考えることが難しくなってくると思う」

渡部さんは震災の翌年、同じ立場の仲間たちとNPO法人「えひめ311」を設立、代表理事を務めています。

そこで、愛媛県内の避難者の支援とともに、記憶と教訓の継承へ、自身の経験を語ったり、学生を現地に連れて行ったりする活動を続けてきました。

東日本大震災の発生から15年…
震災を知らない人たちに伝える動画を制作するため、渡部さんは再び、学生を現地へ連れていくことにしました。

(渡部さん)
「震災を知らない人たちが頑張って動画を作ろうとしてくれることは、当事者の人たちにとっても前を向くきっかけにもなると思う」

(愛媛大学4年・齊藤葵さん)
「震災当時を思い起こす話のドキュメンタリーとかがニュースで流れていて、見てはいたけれど、そこで、震災自体に興味がわかなかった」

愛媛大学4年の齊藤葵さんに震災の記憶はありません。

(齊藤さん)
「渡部さんと出会い『本当に被災者っているんだ』と衝撃を受けて、そこから災害が関係なかったのが自分事になったというのが一番大きい」

渡部さんとの出会いが、災害に関心を持つきっかけでした。

(齊藤さん)
「今でも災害のことにあまり関心がない人はたくさんいると思うので、
そういう人たちに、震災のリアリティとか、『もっとちゃんと考えないといけないと思いませんか?』ということを伝えられる動画にしたい」

2月23日、東北へと出発しました。

この日は、震災遺構となっている宮城県気仙沼市の高校を訪れました。

当時、市の危機管理課長だった佐藤健一さんに案内してもらいました。