■「もう一回、海に体を預けることはできなかった」父を失った男性の後悔
香月昴飛(かつき・るいと)さんは高校2年生だった当時、父親とともに津波に飲み込まれました。

(香月さん)
「私が父に『どこかしのげるところを探して来るから待っていて』と」
波の中を泳ぎ、避難できる場所を探し出したその時、再び津波の勢いが増します。
(香月さん)
「当然、『父が心配で助けに行かなくちゃ』という気持ちと、『また波の勢いにのまれて、自分自身が死んでしまうかもしれない』という恐怖が、自分の心の中で同時に発生した。結果からいうと、怖くて、もう一回、海に自分の体を預けることができなかったです」
父・泰志さんは津波の犠牲となりました。
香月さんは高校を卒業後、消防士になりました。
(香月さん)
「自分の父も含めて、たくさん『助けて欲しい』っていう声が聞こえた中で、自分自身が何もできなかったという気持ちがあったので」

(学生)
「後悔からどうやって立ち直れたのか?」
(香月さん)
「後悔は尽きなくて、それがきっちり明確に晴れているかというと、全然そんなことはないです。置いていけないもの、自分がした事実として受け止めるべきものみたいに思っています」
(愛媛大学4年・齊藤葵さん)
「思い出すのも辛い方もたくさんいるし、香月さんもそうだと思うけれど、なぜ伝える活動を?」
(香月さん)
「私は生き残ったんですけれども、震災を忘れないというよりは、生きたかった人たちの思いをあまり忘れたくないなと思っていて、『忘れないためにどうしたらいいんだろう』と思ったときに、立ち返る瞬間がないと忘れてしまうと思ったので、話をさせてもらう中で、自分自身ももう一回、震災と向き合ったり、見つめ直したりできたらいいなと」
様々な思いを受け止めた学生たち。
(香月さん)
「伝わってほしいことはたくさん伝わっていると思うので、それを感じたままに動画にしてほしいなと思っています」
そして、一行は渡部さんのふるさと、福島もに入りました。
限られた時間の中で、震災の記録と現状に触れます。
(愛媛県松前町で避難生活を続ける渡部寛志さん)
「多分、いろいろと整理はつかずに回っていると思うので。時間をかけて心の中で巡ったことを整理して、誰かに伝えたいという気持ちがまず強くなってほしい、起こってほしいと思います」

福島第一原発がある双葉町も訪れました。








