子どもを失った親としてのやりきれない思い…繰り返される悲劇と変わらぬ意識
一方で、父親は、飲酒運転による犠牲者が後を絶たないことに対するやりきれない思いも吐露します。
父親:飲酒運転はよくないもので、過去からずっと、いろんな悲劇を生んでいます。私たちのように、本来、ここから先、いろんな人生が待っていたかもしれない人たちの命を奪ってきています。
今回の方も事故前に11時間以上飲酒していて、そのあと「車で帰る」ということを平然と言う方だと聞いています。
結局、一部の人の意識は変わらなくて、飲酒運転を撲滅しようとキャンペーンをしたところで、キャンペーンを理解する人は飲酒運転をしないが、そうでない人は馬耳東風のままで結局、飲酒運転はなくならない。その歴史を繰り返していることが、子どもを失った者としては、また次の悲劇が生まれることに非常にやりきれなさを感じます。
日本は、危ないものに関しては、すごくいろんな用心をしていて、銃刀法も銃などの携帯を認めていないし、いろんなところで守っているはずなのに、アルコールに関しても、ようやく公共の交通機関の方々は、運転前に、アルコール検知器などをやりましょうとなってきているようですが、一般の人たちは、全く何の規制もないです。
結果的に本人が目をつぶってしまえば、酒を飲んで運転している人がいくらいても分からないし、事故が起きなかったら分からない状態になっています。
究極的には、これだけ科学が進んでいるのだから、アルコールを飲んだら車が動かなくなるようなシステムに本当にしてほしいと心から思います。でもおそらくは、そういうシステムを作ること自体は、大変なことなのだろうと思います。
また、お酒を飲んで運転したこと自体は、はっきりしているであろうと思うんですけれども、結局、事故から1年余り経っても罪状が確定しない。審判が下るに足る材料が集められないのかどうかはわからないですが、1年余りにわたっていて、人を裁くということは難しいことなのかなと感じます。










